最新情報

2018年3月17日イベント
4月~5月イベントのご案内
2018年3月1日ごあいさつ
「三つ子の魂」の行方──幼児教育と学校教育をめぐって
2018年2月21日ごあいさつ
そうだ、ラテン語やろう!――今なぜラテン語なのか
2018年2月21日クラス
「ギリシャ語」「ラテン語」「漢文」他、語学クラス受講生募集中
2018年2月20日ごあいさつ
温故知新と西洋古典

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4月~5月イベントのご案内

2018年4月〜5月のイベントをご案内致します(2018/04/09 情報更新)。会員に限らずどなたもご参加頂けます(いずれも無料です。)。 定員がございますので必ずお申し込み下さい(※)。 ※申し込み後のキャンセルも必ずご連絡下さい。 ※事前にお申し込みの無い方、また、対象外の方は、当日お越しになってもご参加頂けません。

英語特講
4/16(月)18:40~20:00
5/14(月)18:40~20:00

対象:中学・高校生
場所:山の学校教室
担当:山下あや
*それぞれの生徒に応じた問題を用意し、時間内でひたすら問題を解き続けてもらいます。それぞれの答案の採点をその場でしながらコメントしていきます。
*事前にお申し込み下さい。

 

●何でも勉強相談会
 4/23(月)18:30~21:30
 5/21(月)18:30~21:30

対象:中学・高校生
場所:山の学校教室
担当:浅野直樹・浅野望
*講師が勉強や進路の相談などを幅広く受け付けます。事前にお申し込み下さい。

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「三つ子の魂」の行方──幼児教育と学校教育をめぐって

山びこ通信2018年度春学期号(2018.02.28発行)より、巻頭文をご紹介します。

「三つ子の魂」の行方−−幼児教育と学校教育をめぐって

山の学校代表 山下太郎

 英語で「子ども」をインファント(infant)と言いますが、原義に照らすと「言葉を話せない者」という意味になります。赤ちゃんもそうですが、言葉を自由に操れない小さな子どもたちは、大人に何かを訴えるとき、言葉より行動や態度で──泣いたりすねたり怒ったりして──様々なメッセージを送ります。発する言葉も字句通りに受け取れないケースが多々あります(「きらい」は「すき」の意味であったり)。周囲の大人が、そうした「声なき声」も含めた子どもの「心の声」に日頃から注意深く耳を傾け、彼らの「心そのもの」を理解しようと努めるかぎり、子どもたちは安心して自分の思いや考えを「言葉」に託して他者に伝えるようになります。

 この「安心」を子どもたちが幼児期に日常的に実感できるかどうか。これは子どもたち一人一人の人生にとっても、また子どもたちを受け入れる社会にとっても、大きな意味を持ちます。子ども同士の言葉のやり取りは、大人から見れば不完全で、しばしば誤解や争いに発展します。相互理解のためには、ときには大人が間に入ってそれぞれの「心の声」を「通訳」して双方に──ときには保護者に──伝える必要もあります。「過保護」でもなく「放置」でもなく、程よい頃合いを見計らって、程よい言葉を足したり引いたり、なぐさめたり、励ましたり。幼稚園の先生の仕事の一つは、そうした子どもたちの心を理解し、「通訳」をすることだと思います。

 幼少期に限らず、自分の思いや考えを心から共感してくれる大人に囲まれて育つかどうかは、小学校以上の学校教育においても、大きな意味を持つと考えられます。学校教育の基本は言葉を用いて行われます。授業も、友だちとの会話も、様々なクラスの活動も、言葉なしには成り立ちません。その言葉のやりとりに子どもたちが自信をもって臨むことが学びの基本ですが、その鍵を握るのが幼児教育であり、家庭での言葉のやりとりです。

 かりに大人が忙し過ぎて心に余裕がなかったり、自分の都合で物事を判断しがちな場合、大人が子どもに返す言葉の頻出語は「ダメ」と「イケマセン」になりがちです。この場合、子どもが汲み取ってほしかった「心の声」は誰にも受け止められず、封印されたままになるでしょう。それが日常的に積もり積もれば、小学校に上がっても、言葉を用いた学びの世界を肯定的にとらえ、言葉を使って積極的に社会に関わることに意義を見出しづらくなります。

「おとなは、だれも、はじめは子どもだった。(しかし、そのことを忘れずにいるおとなは、いくらもいない。)」(『星の王子さま』(サン=テグジュペリ、内藤濯訳、岩波書店)

 「はじめは子どもだった」ことを忘れずにいる大人に囲まれた子どもは、安心して学びの道を歩むでしょう。「三つ子の魂百まで」という言葉は、大人が「三つ子の魂<を>百まで<忘れない>」という意味で理解したいと思います。その心が枯渇した大人に囲まれたとき、子どもは、「競争」と位置づけなければ「勉強」に意欲を燃やすこともありません。

 それに対し、子どもと接する大人が「三つ子の魂」──感性や探求心など──を失わない限り、子どもとの対話そのものが子どもにとって大切な学びの機会となるでしょう。子どもの「どうして?」に対して、「そんな(馬鹿な)ことを聞いて何の意味がある?」と返すか──司馬遼太郎氏は中学一年生の時、ニュー・ヨークの意味を授業中に尋ねて「地名に意味はあるか!」と叱られました──、大人が子どもと一緒に「どうしてかな?」と考えるか、その違いは大きいです。「どうして?」の言葉を守られて育った子どもは、学ぶこと自体に興味を抱き、末広がりに自らの学びの世界を広げ、深めるでしょう。

 その差は、大学に入学した場合、顕著に現れます。競争の手段とみなして勉強に取り組んだ者は、入学と同時に学びへの関心を失うため、質問することすらできません。年齢とともに知的好奇心が干上がって、大学に入ったとたんインファント(言葉を話せない者)になり果てるのでは困ります。大学とは本来、学びの魂を輝かせ、真理の探究に情熱を傾ける者(真の意味のステューデント)のみで構成される場のはずです。現状は、大学の先生にとっても、そうした真摯に学ぶ学生にとっても、あるいはインファントとなった学生にとっても、理想とは隔たりのある形です。

 もう一度子ども時代に目を向けましょう。子どもは一見無邪気に見えますが、魂の次元では大人と何も変わりません。それだけに、自分を見つめる大人の眼差しに真心があるかどうかを敏感に察知します。教育に携わる者は、人間としての己の魂の輝きがいつも試されています。大人を見つめる子どものまなざしは、大げさに言えば、その子の、そして、私たちの社会の未来を左右する畏怖すべき「試験」でもあります。

 私は、今後学校教育がよりよい方向で改革されることを期待する一人ですが、その根本には上で述べたような「幼児教育的視点」が不可欠だと考えます。万一それが学校に期待できなくても、子どもを誰より間近で応援できる親自身が、日々己の「三つ子の魂」の行方を気に掛けつつ、真心をもって子どもと接するのであれば、何の憂いもないはずです。

(山下太郎)

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そうだ、ラテン語やろう!――今なぜラテン語なのか

山びこ通信2017年度春学期号(2017.06.27発行)より、巻頭文をご紹介します。

そうだ、ラテン語やろう!――今なぜラテン語なのか

山の学校代表 山下太郎

 私はこのたび縁あってラテン語の作品(キケローの「スキーピオーの夢」)の注釈書を書きました1 。専門書ではなく、初学者向けの独習書です。「ラテン語講習会」 2 の教材を元にしたもので、初級文法を終えた人を念頭に置いた丁寧な解説を心がけています。原文の一字一句すべての単語に文法的説明を施し、文脈に即した訳語と逐語訳を添えました。以下、この本を書いたねらいと、なぜ今ラテン語か?ということについて、思うところを述べます。
 「ラテン語」と聞くと、「難しい」というイメージをもつ人が多いようです。英語が苦手な人にとって、英米人が「苦手」と告白するラテン語は、きっと英語の何倍も難しいのだろうと想像するのは自然なことです。しかし、それぞれの言語をまったくのゼロからスタートした場合、ラテン語の発音は基本的にローマ字読みでよいので、英語よりもとっつきやすいのは事実です。
 一方、英語に比べて文法が複雑で覚えるのが大変、というお声もちょうだいします。たしかに暗記すべき項目は圧倒的に多くありますが、文法そのものは想像以上に規則的です。問題はこの文法との付き合い方です。実際に大学の授業でラテン語を受講したものの、途中で挫折した人は少なくないと思います。挫折しやすいタイプの人は生真面目な人が多いという印象です。週一回の授業ですと、毎回暗記しないといけない事柄がたくさん出てきます。先生によっては、前回の範囲について確認テストをされる場合もあり、その対策に気分が滅入ることもあるでしょう。
 私が「ラテン語講習会」でお伝えしているアドバイスは、「暗記しない」、「覚えない」というものです。その代わり「調べる」ことはしましょう、と。変化表を暗記することはラテン語学習の王道であり、そのメリットを否定するものではありません。ラテン語は語尾が激しく変化しますが、変化表が頭に入っていると瞬時にその形が何かがわかります。一方、それを覚えていない場合、いちいち教科書の該当箇所を調べる必要があるので、時間が余分にかかります。ラテン語の速読速解を目指すなら暗記は不可欠ですが、意味を確かめながらゆっくり読めればよいという場合、無理に暗記をする必要はありません。それで挫折しては元も子もないからです。
 幸い私のクラスの受講生は、趣味でラテン語を学ぼうと考える人たちばかりです。一番大事なことは「楽しく続けること」であり、一番避けたいことは「挫折すること」です。もちろん「楽しく」学ぶにはそれなりの努力が必要で、「ラテン語は調べればわかる」と確信できるだけの経験を重ねることが不可欠です。教室でラテン語を学ぶ人は、挫折さえしなければこの経験を得ることができますし、一方、そのチャンスの得られない多くの場合、解答と解説付きの教科書や練習問題3を使えば、この経験を自宅に居ながらにして積むことが可能です。その結果として、文法の教科書のどこにどのようなことが書いてあるか、およその目途がつくようになれば、ひとまず目的達成です。
 こうして文法という地図の使い方がわかれば、いよいよ旅に出ること、すなわち、原典講読に挑戦することができます。ただし、教科書と辞書を用意すれば、すぐに原文の意味がとれるかといえば、話はそう甘くはありません。やはり、初学者には初学者なりのツールが必要です。そこで、私は考えました。原文に出てくるすべての単語の文法的解説と語彙の説明をほどこした教材があればどうだろう、と。そうしてできたのが今回の本というわけです。単語集も逐語訳も、学習に必要なものは全部用意しました。あとは、解説を読みながら、教科書と辞書を使って知識の確認作業を繰り返すだけです。ヒントを見なくても、原文の意味やニュアンスが頭に浮かぶようになれば、その結果、文法も語彙も、覚えるべきものは自然に覚えるでしょう。
 ラテン語は死語なのになぜ学ぶのか、という問いを受けることがよくあります。たしかに「会話する」相手がいない言語ではあります。しかし、ヨーロッパ文明の魂というべきものがラテン語で書かれた文献に宿っています。原典講読を通じ、キケローをはじめとする古典作家の魂と「対話する」ことは可能であり、私はそのためにもラテン語を学ぶ意義はあると考えています。
 私がラテン語の普及に注力するのには、もう一つ別の理由があります。グローバル時代と言われて久しいのですが、欧米の漢文と呼べるラテン語を学べる場所はいまだに限られていて、初学者が手に取って自習できる学習書はなきに等しい状況です。研究書、論文、翻訳といった専門家の不断の努力の結晶を社会が十二分に生かすためにも、基本を学ぶ層が広く厚く存在してほしいと願います。スポーツしかり、音楽しかり。すそ野を広げることの大事さは、ジャンルを問いません。
 とは言え、ラテン語の学習環境について言えば、現状のままで何も痛痒を感じないという人がほとんどだと思います。この事実が示唆する西洋古典学全般への無理解と無関心は、昨今の人文学軽視の風潮とあいまって、学問と教育の危機を招く遠因につながっていると思われます。民主主義にせよ、学問や教育のシステムにせよ、そのルーツがギリシア・ローマの古典精神に遡ることは自明ですが、我が国は「和魂洋才」のスローガンを墨守するあまり、「洋魂」の根っこを問うことを知りません。その結果、耳当たりのよい「改革」のスローガンが繰り返され、研究と教育の現場は無数の介入によってかき乱されているのが現状です。
 「和魂でじゅうぶん」。社会にそうした偏見が満ちるとき、世の中は閉塞感に包まれます。そこに風穴を開け、自由の空気が通うよう窓を開けたいと願うとき、また、学問について、教育について、真善美について考えるとき、人類の英知の宝庫たる西洋古典に無関心を決め込むわけにはいかないでしょう。その考えの賛同者を募るべく、私は「ラテン語講習会」を開いています。日頃幼児教育に取り組む者として、真理と自由が尊重される社会が子どもたちの未来を明るく照らすことを心から願い、その未来の鍵を握るのがラテン語であると信じるからです。そしてその先に、音楽のクラシックがそうであるように、西洋古典──英語ではクラシックス──への親しみと敬愛が日本社会に根付くことを願います。(山下太郎)
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1 『ラテン語を読む キケロー「スキーピオーの夢」』、ベレ出版、2017。
2 山の学校の出張授業として、東京、名古屋、京都で定期的に開催(各々月一度)。初級文法のクラスのほか、キケローの『スキーピオーの夢』、『アルキアース弁護』、『カティリーナ弾劾』、ウェルギリウスの『アエネーイス』を読む講読クラスがある。
3 拙著『しっかり学ぶ初級ラテン語』(ベレ出版、2013)、『しっかり身につくラテン語トレーニングブック』(ベレ出版、2015)等。

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「ギリシャ語」「ラテン語」「漢文」他、語学クラス受講生募集中

受講生のペースに合わせてじっくり深く、楽しく学ぶ、山の学校の語学クラス。

4月からは、新しいテキストを読み始める「講読クラス」や、テキストの最初からスタートする「初級・入門クラス」もございますので、この機会をどうぞお見逃しなく!下記以外も各クラス 随時、申込みを受け付けております。最近の進捗状況をこちらに掲載しております。詳細はお問い合わせ下さい。
語学クラス一覧

『ラテン語初級文法』 クラス 水曜または木曜  20:10〜21:30 講師:山下大吾
(※2018年4月より、テキストの最初からスタート致します。新規受講生募集中です。)

テキスト:『ラテン語初歩(改訂版)』岩波書店
内容:上記テキストを、受講生のペースにあわせて1学期または2学期間かけて進めるクラスです。

『新約ギリシャ語初級』クラス ※曜日・時間帯は応相談 講師:堀川宏
(※2018年4月より、テキストの最初からスタート致します。新規受講生募集中です。)

テキスト:『新約聖書ギリシャ語初歩』土岐健治著

 文法でも講読でも新たにスタートを切る好機ですから、関心のある方はぜひお問い合わせください。開講曜日や時間帯についても相談に乗ることが可能です。新約聖書のギリシャ語のシステムは「古典ギリシャ語」よりも多少は簡略ですから、一度挫折した方の学び直しなどにも好適かもしれません。新しい出会いを楽しみにしています。

『漢文入門』クラス(高校生〜一般)  木曜 15:40〜17:00 講師:陳 佑真
  ※4月からの、新規受講生募集中です。テキストは受講生と相談の上決めます。この機会をどうぞお見逃しなく!

 漢文というのは一つの言語ですから、それで表されるのは決して堅苦しい、難しいお話ばかりではありません。「君子は必ず其の独を慎むなり」(『大学』)、立派な人は誰も見ていないところでも人に見られているのと同じように威儀を正しているものだぞ、という、先生から言われたらうんざりしそうな言葉も漢文ですし、「螢無くして鄰家の壁を鑿ち遍(つ)くすも、甚(なん)ぞ東墻は人の窺うを許さざる」(『牡丹亭還魂記』)、螢の光で苦学しようとしても螢が見つからないから隣のかわいい子の部屋の壁に穴をあけて灯りをとろうとしたけど覗かせてくれないよ、なんていうのも漢文なのです。

 古の賢者たちが人生の問題に正面から向き合って書いた文章を読解して自分の生き方に活かすもよし、おもしろおかしい滑稽話を読んで古の人たちと一緒になって大笑いするもよし、ゴシップ記事を読んで古の人たちと一緒に眉をひそめるもよし。漢文の海からは、書かれたものの数だけの楽しみと思索が得られます。

 本講座では、受講者の皆様のご関心に合わせてテキストや方法を選びたいと思います。訓読のやり方、辞書の使い方から丁寧に学習のお手伝いを致しますので、全く漢文の勉強をしたことがない方も是非お越しくださればと願っております

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温故知新と西洋古典

山びこ通信2017年度秋学期号(2017.11.08発行)より、巻頭文をご紹介します。

温故知新と西洋古典

山の学校代表 山下太郎

 「古今東西」という言葉があるが、「東の今」を生きる日本人にとって、一番距離の遠いのが西洋の古典(クラシックス)である。ここで言うクラシックスは音楽のクラシック(西洋古典音楽)のことではない。クラシック音楽なら幼稚園の子どもでもピアノを習って親しんでいる。他方、西洋文明のバックボーンをなすクラシックス(西洋古典学)に我が国の教育は無関心を決め込み、子どもたちが学校教育で接する機会は皆無に近い。
 一例として、プラトンやキケロの翻訳を読み議論する機会が学校で用意される世の中になればと心から願う。これらは西洋の古典であると同時に、人類の古典でもある(音楽のクラシックがそうであるように)。それが難しいとしても、せめて国を代表する政治家を志す若者には、西洋古代の哲人たちが国家について何をどう考え、どう論じたか、学んでほしい。
 グローバル時代と言われて久しいが、我々はいまだ和魂洋才の呪縛から逃れることができずにいる(今は和魂の学びも怪しい)。古典は社会の常識を作る。戦後古典をなおざりにしてきた弊害が今の世相に表れ、前代未聞の非常識が連日のように新聞を賑わせている。西洋古典は世界の常識を形成する。日本は自国のことだけを考えてよいわけではない。地球の未来、人類の未来に責任を持つために、東洋の古典とともに西洋の古典を学ぶ必要がある。
 山の学校では西洋古典の言語をじかに学ぶ機会を設けているが、なぜ現代人がギリシア語やラテン語を学ぶ必要があるのだろうか。この問いは、上で述べたようにわが国で議論されることはなく、欧米社会で問われてきた問いである。ラテン語は欧米社会の漢文である。それゆえ同じ趣旨の問いはわが国にもある。「なぜ古文や漢文を学ぶ必要があるのか」と。答えは「温故知新」ということになる。
 古典は「会話」するために学ぶのではなく、古典作家と「対話」するために学ぶのである。それが社会の津々浦々で行われることによって、社会の常識が形成されていく。その意義が信じられ、実感されるゆえ、古典は営々と読み継がれて今がある。その証拠に、東西を問わず、古典作品は今も目の前に読める形で届いている(それを可能にするのが文学部の仕事である)。
 目まぐるしく移り変わる現代社会において、古典を読む意義はますます大きなものになっている。それは西も東も変わらない。温故知新の意義は、すでに多くの人たちによって語られてきた。ただ、わが国で「古典」という言葉を聞いて、古文漢文(日本の古典と中国の古典)をイメージする人はいても、ギリシア・ローマの古典を想起する人は皆無に等しい。
 私のささやかな提案は、一人でも多くの日本人が、クラシックス(西洋古典学)というジャンルに親しむことである。なぜかと理由を問われるなら、日本の法律、政治、教育、その他明治開国以降西洋を手本として取り入れた諸制度の根幹をなす精神にじかにふれることができるからだ。逆に言えば、それを知らずに、民主主義や教育の意義を語ることはできないだろう。たとえば、なぜ学校で勉強するのかと子どもに問われて答えに窮する大人は多い。人間を作り、市民を作るためである。言い換えるなら、民主主義を支える主権者を作るために子どもたちは学校で学ぶ必要がある。けっして、立身出世に役立てるため、といった個人的な理由で公教育が用意されるわけではない。
 学問に有用性があるかどうかの議論がある。イソップに「胃袋と足」と題する話がある。胃袋も足も、心臓も脳も、体を構成するすべての部分が大事である。どれが一番ということはない。学問についても同様で、すべてのジャンルに存在理由がある。どれかが欠けたら穴の開いた風船になる。便宜的に理系と文系という言葉を用いれば、理系も文系もどちらも大事であり、虚学と実学のバランスも同様である。
 理系では基礎研究が大事であるという議論をよく耳にするが、それだけ基礎研究が大事にされてきた証拠といえる。コンセンサスあればこそ、そうした議論が繰り返し出てくるのである。ひるがえって文系において、世界を視野に入れるならクラシックス(西洋古典学)の研究は不可欠であるが、このジャンルの研究が大事だという意見を耳にしたためしはない。つまり、ここだけがぽっかりと穴が開いている。
 コップに水が半分入っている。この事実は良くも悪くも受け取れる。私が上で述べてきたことは、普通に読めばネガティブな話だが、視点を変えるとポジティブに聞こえる。明治開国以来、風船に穴のあいた状態で、よくぞここまでやってきたと思う。あとは穴をふさげばよい。それができたとき、この国の風船は、個人であれ学問の全体であれ、どこまでも高く世界の大空を飛翔するだろう。徐々にであってもそのような方向に世の中が変わっていくことを願いつつ、50年先も100年先も、山の学校は変わらぬスタンスで活動を続けていきたい。(山下太郎)

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3月イベント「将棋道場トーナメント戦」開催!

2018年3月のイベントをご案内致します。会員に限らずどなたもご参加頂けます(いずれも無料です。)。 定員がございますので必ずお申し込み下さい(※)。 ※申し込み後のキャンセルも必ずご連絡下さい。 ※事前にお申し込みの無い方、また、対象外の方は、当日お越しになってもご参加頂けません。

英語特講
3/5(月)18:40~20:00

対象:中学・高校生
場所:山の学校教室
担当:山下あや
*それぞれの生徒に応じた問題を用意し、時間内でひたすら問題を解き続けてもらいます。それぞれの答案の採点をその場でしながらコメントしていきます。
*事前にお申し込み下さい。

●将棋道場「トーナメント戦」
 3/19(月)16:00~18:00

対象:小学生
場所:山の学校教室
担当:中谷勇哉
*トーナメント形式で対局を行います。集え、挑戦者!

●何でも勉強相談会
 3/19(月)18:30~21:30

対象:中学・高校生
場所:山の学校教室
担当:浅野直樹・山下あや
*講師が勉強や進路の相談などを幅広く受け付けます。事前にお申し込み下さい。

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中高生対象「春期講習会 2018」のご案内

「わかった『つもり』な気がする・・・」
「今さら人に聞けない・・・」
なんていうことが、ありませんか?
この機会に是非、基礎を固め、モヤモヤを解消して、4月を迎えましょう!

各科目、定員5名です。お申し込みはお早めにどうぞ。(お申し込み方法は下記をご覧下さい。)

日程:2018年 3月22日(木)、23日(金)、29日(木)30日(金)の4日間

対象:現中学・高校生

時間割:  Ⅰ(19:20~20:20)Ⅱ(20:30~21:30)
中学・・・  Ⅰ  英語(吉川)   Ⅱ  数学(浅野)
高校・・・  Ⅰ  数学(浅野)   Ⅱ  英語(吉川)

費用:
「中学生」英語(4回)12,000円、数学(4回)12,000円
「高校生」英語(4回)12,000円、数学(4回)12,000円

申し込み締切:  3月15日(木)

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◎お問い合わせ、お申込みは、山の学校までどうぞ。

TEL:075-781-3215  FAX:075-781-6073  Email:taro@kitashirakawa.jp

◎費用をお納めいただいた時にお申し込みが完了いたします。下記口座に会費をお振り込み下さい。

1)京都中央信用金庫銀閣寺支店普通2217927 名義:学校法人北白川学園 理事長山下太郎

2)ゆうちょ銀行00990-0-207268 加入者名:学校法人北白川学園

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小学6年生対象「中1プレ英語」のご案内

山の学校では、下記の要領で、小学6年生(2018年4月からの新中学1年生)を対象とした
「中1プレ英語」のクラスを開きます。中1の1学期に学ぶ内容を丁寧に予習します。
奮ってのご参加をお待ち申し上げます。(定員5名となっておりますので、どうぞお早めにお申し込み下さい。)

日程2018年 3月1日、8日、15日、22日(いずれも木曜日)の4日間
対象:現小学6年生
定員
時間18:50〜20:10
講師:吉川 弘晃

【趣旨】英語の基本である発音の基本をアルファベットや簡単な単語を楽しみながら身につける。また、簡単な挨拶や会話についてもリズムを重視しながら身につける。

【内容】実際に声に出すことを楽しみながら、簡単なクイズやゲームを交えつつ、アルファベットの基本的な読み書きを身につけていきます。また、簡単な挨拶や会話の練習も行います。

授業に必要なもの:筆記具のみでけっこうです。辞書の選択などはクラスの中で追ってご説明いたします。

会費:8,000円(全4回)※振込にてお納めください。
受講を希望される方は、電話・Eメール、又は申込書の提出(持参/FAX)にてお願い致します。
(山の学校 TEL:075-781-3215 FAX: 075-781-6073 Email: taro@kitashirakawa.jp)
会費は開講日までに、下記口座いずれかにお振り込み下さい。

・京都中央信用金庫 銀閣寺支店 普通 2217927
名義:学校法人北白川学園
理事長山下太郎

・ゆうちょ銀行00990-0-207268
加入者名:学校法人北白川学園

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