0615 山の学校ゼミ(倫理) 公開日:2017/06/16 山の学校ゼミ『倫理』 浅野です。 フッサールの現象学を確認しました。 デカルトのやり方をもっと徹底しようとしたと考えてよいでしょう。デカルトの「我思う、故に我あり」を、フッサールは「我思う」で停止します。そして普遍的である傍観者的な我が立ち現われ、さらに他者と一つの普遍的な世界を作り上げます。真理や神を前提にせず経験をそのままにしておくという点で多元的な素質がある反面で、一元的な世界を構築するというように大まかに理解するとわかりやすいかもしれません。 関連記事 0524 山の学校ゼミ(倫理)1016 山の学校ゼミ(倫理)1027 山の学校ゼミ(倫理)『英語講読』C、山の学校ゼミ『倫理』・『調査研究』、『ことば』(4〜6年)(クラス便り2015年11月)0928 山の学校ゼミ(倫理) 投稿ナビゲーション 0608 山の学校ゼミ(倫理)0622 山の学校ゼミ(倫理)