いちど市立小学校5,6年の教科書(英語)をご覧になってください。
先生も、子どもたちも気の毒に思います(個人の感想)。
文法を教えないで英語を教えようとする方針なのでしょうか。
そこに無理があります。
表紙を開けると、最初の例文がいきなり What subject do you like? です。
たぶん子どもたちはこのフレーズを「耳で聞いてなじんではいる」はずですが、いきなりこれは難しい。
たぶん子供たちは、この英語を耳で聞いて、反射的に、自分の答えが「口から出てくるように」指導を受けているはずです。
教科書だと、I like science.となっています。
これも難しい(と思いませんか?)
私は中1の生徒相手にも、初回から、このやりとりは「怖くて」使えません。
何が「怖い」かというと、「英語を嫌いになるのではないか?」と怖くなるということです。
私の時代は、This is a pen.(これはペンです)を最初に習うのが定番でした。
算数の「1たす1は2」のような定番の例文でした。
文脈を度外視し、英語の文法に沿って段階的に登っていく最初の階段がこれでした。
今は文脈を重視し、「使える英語」を目指しているのでしょう。
しかし、30人相手にできることは限られています。
効率的なのは従来のやり方なのです。
今文科省がやろうとしている教え方が、先生と生徒を選ぶ、きわめて難易度の高い、理想主義的な方法です。
公教育との相性はよいはずはなく、これだとほぼ全員が英語に対してネガティブな印象を抱いて進学することが予想されます(外れることを祈りますが)。
英語に苦手意識を植え付けて、中学に上がる。
中学では、「5,6年でじゅうぶん英語には慣れているはずだ」という前提で、さらに難易度の高い英語の勉強がスタートします。
私の目から見て、今の市立中学の英語の教材は、下手をすると私が通っていた高校(京都のふつうの府立高校)の授業に出てくるような英文も混ざっていて、腰を抜かします。
何がしたいのだろう?文科省は、という感じです。
私が申し上げたいことは一つ。
英語は「書いて覚えるべき」ということです。
これができないまま、音を使っていくら英語に慣れさせようとして、かりにそれが成功して一見英語を流ちょうに操れるようになっても、綴りを知らず、正確にかけなければ、英米の幼稚園児と変わらない。
たとえば、サブジェクトと聞いて「科目のことだな」と分かるのはよいでしょう。
しかし、「科目って英語で何というの?」と聞いてみて下さい。
答えられる生徒は限られます。
問題はそこからです。
「じゃあ、綴りをかいてごらん」と言ってみて下さい。
きちんとsubjectと書ける生徒はごく少数です。
市立小学校の教科書のページをぱらぱらめくってください。
colorsと書いた箇所だと、様々な色の名前が英語で書かれています。
white, red, blue, green, purple など、身近な色の名前が列挙されていますが、果たして「白」と聞いて、「ホワイト」と言えても、そのつづりが正しく書けるでしょうか。
別のページには数字がかいてあります。
1から100まで英語で「発音できても、聞き取れても、果たして正確に綴りがかけるでしょうか?」
季節の名前、食べ物の名前、スポーツの名前、etc.
英語はタブレットで学ぶものではなく、紙を使い、正しく単語が、さらには英文が、書けることが最重要です。
漢字もそうです。
言葉を耳で聞いて理解できるからよいはずがありません。
読めるから大丈夫でもありません。
「正しく書ける」ことが学習を支える基礎の力になります。
「正しく書くこと」の前提はいろいろあります。
漢字なら筆順の理解が重要です。
英語はアルファベットの文字を正確に書けることが大事です。
どうしても我流が忍び込みます。
bとd、pとqの取り違いは英語を母国語とする子どもたちも先生に注意されるテーマです。
中にはJ の形を逆にする(ひらがなの「し」に似た形)覚え間違いもあります。
この一つ一つをきちんと克服するには、文字を紙に書いて、あえていえば「間違う」経験が大事です。
「間違い」あればこそ、その間違いに気づき、それを「正しく書き直す」練習がスタートできます。
1から10までの綴りをone, two, three, four,…nine, ten と正しく書けるようになったとしましょう。
次は、より丁寧に、しかも、より速く書けるまで挑戦します。
この取り組みの延長上に、どこかのタイミングで、「あなたはどんな科目が好きですか?」「私は理科が好きです」のやりとりを英語で正確に書くという練習が位置づけられるでしょう。
以前調べたことがありますが、私が学んだころの中学英語の例文は、200でおつりがきました。
いわば200段の山道です。
その1段目が、先に挙げたThis is a pen.でした。
公教育における英語学習で必要なのは、「この200の例文を完全に自分のものにすること」の見守りに尽きると私は考えています。
(この学習と実用英語の訓練は矛盾しません。むしろ前提になっています。公教育の場合、この学習で終わっても(つまり英語が話せないままでも)英語学習の価値はあります。旅行や留学で英語の会話・聞き取りを鍛えたいなら、その基礎の上に努力すれば花は開きます。今は音源・動画の情報は無料でいくらでも入手できます)。
「完全に・・・」とは、たとえば、「有難う」は「サンキュー」と瞬時に口に出る程度に「瞬時に」どの例文も正確に口に出せるようにし、あわせて「サンキュー」をThank you. と正確に書けるように、どの例文も正確に英語で書けるようにすることです(「英語特講」ではこの練習を飽きるまで繰り返しています)。
関係代名詞、現在完了、不定詞、助動詞など、中学英語にはいくつかのポイントがあり、それらの代表的例文を完全に自分のものにできていれば、高校に上がっても、「先生の説明が理解できる」ようになりますが、この例文の理解が不確かであれば、先生が丁寧に教えても「チンプンカンプン」で何も理解できない状態に陥るでしょう。
(懇切丁寧な先生は、「このto不定詞は形容詞用法」とか、「このthat節は何用法」といって説明するのがふつうだからです)。
では具体的にどういう勉強をしたらよいのだろう?という方は、来週月曜日に小学5年、6年生を対象とした講習会を開くので、ぜひ試しにご参加ください。
月一度の「英語特講」も5年生以上の参加をお受けしています。よろしければ一度ご参加ください。
追伸
私のお伝えしている「学習スタイル」は、会得できたら、自宅で誰でも、無料で実践できます。正しい綴り、正しい英文のサンプルさえあれば、まずは「正確に『写す』こと」から学習を始めることができるからです。そのさい、(慣れれば)先生は不要です。自分で書いた自分の英文を、自分でチェックすることは可能だからです(教科書や辞書を横に置いて参照するかぎり)。私の願いは、この学習スタイルを会得し、自分で英語学習の世界をどこまでも広げ、深めてもらうことです。