山びこ通信2020年度号(2021年3月発行)より下記の記事を転載致します。

『漢文入門』

担当 陳 佑真

 およそ三年半にわたり、山の学校でお仕事をさせていただきましたが、この度、東京の大学に着任するため退職することとなりました。お世話になりました受講者や教職員の皆様に篤くお礼申し上げます。

 研究室で二級上だった前任の方より漢文入門を引き継ぐ際、陳君の好きにしてね、と一任され、最初は戸惑いました。というのは、徹夜をしてでもひたすら辞書を引き続けて原典を読みなさい、そこから思想史的な意義を読み取りなさい、というのが私が十年間受けてきた教育で、私の知る唯一の漢文学習方法だったからです。既に社会で様々な経験をされ、人生を更に豊かにするために新たに漢文を学んでみよう、という目的の方々にそういった研究者養成目的の授業を提供することは、当然趣旨に反しますし、設備上も無理があります。

 どうすれば漢文の魅力を伝えることができるのか、悩みを抱えながら着任した私は、とにかく中国史や儒学の前提知識を要さないもの、大学にしかないような大型辞書や特殊データベースを使わなくても読むことのできるものを、ということを重視しつつ、まずは漢文の助字に関する自作の解説プリントを学習し、その後、句読点や返り点の入っていない中国の古い木版本のコピーをテキストにして漢文の作品を読んでゆくこととしました。

 私が大学で初めて講読の授業に出た時、いきなり木版本のコピーを渡され、来週までにこれを読んでこい、と言われたのですが、当時の私は、木版本のコピーに朱を入れる、という行為にまるで自分が昔の文人になったような高揚感を覚え、たちまち漢文のとりこになりました。山の学校の教材にもすべて木版本のコピーを使用したことには、実は既に句読点が入った本で八十分も間をもたせる自信がなかったから、という消極的な理由もあったのですが、もしも私が漢文に出会った時の気持ちを少しでも共有できていたとすれば、これに勝る喜びはありません。また、どこに句読点を入れればどういう意味になるのか、ということを皆様が深く考えてきてくださったおかげで、読解の面でも良い結果につながったと思います。

 果たして私の教材選択が適切なのか、私の教え方のせいで漢文が嫌いになったりはしないか、おそるおそる始めた漢文入門でしたが、蓋を開けてみれば、受講者の皆様は課題文について丹念に辞書を引いて一字一字のニュアンスを探り、ご自身の人生経験を踏まえて深く内容について思索され、むしろ私の方が刺激を受けて勉強になる日々を過ごすことができました。漢文が一つの外国語である以上、語学的な正確性が重要な軸となるのですが、それだけに留まらず、自分はこの作品にどう向き合うのか、というむき出しの勝負を受講者の皆さんが挑んでくださったことは、生涯忘れることのない思い出です。

 今年度は、対面・オンラインを併用して三名の受講者様を迎え、劉大かい「縹碧軒記」・曽鞏「唐論」・『夷堅志』・『晋書』孝友庾袞ゆこん伝・蘇軾「書東皐子伝後」・同「潮州韓文公廟碑」・韓愈「鱷魚文」などを教材としてまいりました。色々なことがありましたが、一つだけ印象的だった出来事をご紹介します。

 中国清王朝の文壇で大きな影響力をもった桐城派の代表作家の一人・劉大櫆(1698~1779)が父の書斎の思い出を語った「縹碧軒記」を扱った際、「右にうるに桐を以てし、左に植うるに蕉を以てし、吾が父 其の間に兀坐す。几席、衣袂 皆空青結緑の色と為す(右には桐を、左には芭蕉を植え、私の父はその中間に一人座っていた。机や敷物、着るものもすべて青緑のぎょくのような色合いにしつらえていた)」という一節が登場しました。私がなんとなく、室内でまあ鉢植えのようにして植物を植えておったんでしょうねえ、と申し上げたところ、ある受講者の方が、こうおっしゃいました。「いや、先生、それはおかしいですよ。桐も芭蕉もかなり大きく育って、鉢植えにできるような植物じゃないから、屋外に植えていたはずです。お父さんの座席の後ろに窓があって、そこから木々の葉を通した光が差し込んで、部屋全体が青々とした光に包まれていたことに情趣を感じたのではないでしょうか。」

 ご提示いただいた解釈から導き出される風景があまりにも魅力的で、漢文を読む時はただ字面を追うのではなくちゃんと表現していることを考えないといけない、と再認識し、大いに学ばせていただきました。このご発想は、日頃家庭菜園をされ、お住まいの内装も色々と試行錯誤してこられた経験から生まれたとのことでした。今後漢文入門を受講される方も、少人数制でアットホームなこの授業の利点を生かし、是非お考えになったことを遠慮なく講師にぶつけ、漢文への理解を深めていただければと存じます。

 後任の斎藤賢君は、気鋭の東洋史学研究者で、よく笑う好青年です。主として中国の戦国から秦時代、まさしく昨今漫画『キングダム』で注目されている時代の歴史を研究していますが、広く東洋文化全体に関心を寄せていることを日ごろの付き合いで感じており、また、漢文教育への強い情熱ももっており、私は彼が皆様の好奇心の良き導き手となることを確信しています。

 生まれ育った近畿を、そして学生生活を送った京都を離れることはとても寂しいのですが、山の学校については安心して斎藤君に後を任せ、京都出張のついでに酒でも酌み交わしながら、「山の学校どない?おもろやっとう?」と尋ねる日を早くも楽しみにしております。

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