私は、現役の大学生で、今年の春に四回生になります。ラテン語を始めたのは、二回生の秋で、もう一年と半年ほどが経ちました。私は一年半の間、そして今も、お山の学校だけでラテン語の勉強を続けています。

ラテン語を始めようとお山の学校で申し込みをした頃、山下先生は以下のような要旨のことをおっしゃっていました。

「古典語だから、自分のペースで勉強すればいい」

私は、この言葉を忠実に守ってか、本質的にのんびりしている性格のせいか、特に焦ることなく、今も、のろりのろりと亀の歩みを続けています。

ラテン語を始めて半年が経った頃、己のあまりの覚えの悪さに、その頃お世話になっていた大西先生に、「ラテン語、読めるようになりますかね。」と、聞いたことがありました。すると、先生は少し目を大きく開かれてから、何ともないというように「大丈夫でしょう。」とおっしゃって、それから、これは自分がラテン語を学んだ先生の言葉だけれども、と、断られてから、「“ラテン語はゴイだ”とおっしゃっていました。」と、言われました。先生が“ゴイ”と、少し強調するようにはっきりと発音されたのが、深く印象に残っています。

大西先生はラテン語の講読の授業で、私がうまく訳せないときにいつも、丁寧に文法事項を説明してくださってから、それでもまだ首を捻っている私に、「今わからなくても、また同じことが出てきた時に、思い出せたらいいんです。」とおっしゃってくださいました。わかるまでやればいいし、わかる時がくるから大丈夫だと常々おっしゃってくださっていました。

お山の学校の先生方のお話を聞いていると、ラテン語は、きっと一つ一つが宝箱に入っているのだ、と、思わずにはいられません。先生方は、その宝箱を丁寧に開けながら、中の宝物を非常に愛着を持ってじっくり説明してくださるのです。“ゴイ”と大西先生がおっしゃったあの時、私は、ラテン語の単語をたくさん覚えなさいと言われたのだと思っていました。

その言葉から約一年、今教えてもらっている山下大吾先生と、授業で和訳の仕方についてお話ししている時、ふと、あの時先生はきっと、ラテン語の単語の持つ豊かな意味を捉えられるようになりなさい、とおっしゃったのだなと思いました。

「ラテン語は“ゴイ”だ」いつか自分が「私の先生が、先生から言われた言葉だけれど・・・」と人に話す日を思い浮かべ、今日もお山の学校で先生とキケローの『老年について』を読み進めています。

最後になりましたが、いうまでもありませんが、私はラテン語が大好きです。

(2009 年2 月M.Y.さん)