オンラインのみ 『ギリシア・ローマの歴史を読む』

テキスト:M. Finley (1986), The Use and Abuse of History (2nd ed.), London

(テキスト購入の必要はありません。購入される場合はなるべく第2版をご用意ください)

木曜 18:40~20:00 担当:大野 普希

秋学期の内容について

前学期に引き続き、第1章“ Myth, Memory and History ”を読み進めています。進捗の詳細についてはお訊ね下さい。

春学期の内容について(2022-06-20更新)

春学期は1回あたり半ページから1ページくらいのペースでテキストを丹念に読み進めてきました。今学期中に16ページの途中まで読み進める予定です。

内容としては、古代ギリシア人の意識の中で、歴史と詩、歴史と神話とが、どのような関係にあったのかを論じた部分を読んでいます。ギリシアの歴史家たちが神話をどう扱ったか、神話はいかなる意味で歴史を書くことの前提になっていたか、神話の語りは歴史の語りとどのような点で異なるのか、といった問題について、著者フィンリーは、ホメロスやトゥキュディデス、ポリュビオスなど、様々な史料を引用・参照しつつ、複合的に検討しています。

毎回、受講生の方々に訳文を作ってきていただいて、文法や訳語の選定について納得がいくまで議論し、その上で内容についても、受講生の関心に応じて適宜解説しています。章全体の最初の4分の1を読み進めたところで、まだまだ先は長いですが、来学期以降も根気強く丁寧に読んでいきたいです。

春学期の内容について(2022-03-30更新)>
2021年度は、第7章 “ The Ancient Greeks and Their Nation ”を扱いました。
2022年度4月からは、第1章“ Myth, Memory and History ”を読んでいきます。(下記「内容紹介」を御覧ください)

Myth, Memory and History:内容紹介(2022年3月17日実施、ガイダンスより

「…すなわち、詩人の仕事とは、実際に起こったことを語るのではなくて、起こりうるようなことを、つまり、ありそうな仕方で、あるいは必然的な仕方で起こる可能性のあることを語る、ということである。なぜなら、歴史家と詩人とは、韻文で語るか、散文で語るかという点において異なるわけではないからである(実際、ヘロドトスの著作は、韻文に直すこともできるであろうが、その著作は韻律があっても、韻律がない場合に劣らず歴史の一種であるだろう)。むしろ違いは次の点にある、すなわち、歴史家は実際に起こったことを語るが、詩人は起こりうるようなことを語るということである。それゆえ、詩作(ポイエーシス)は、歴史(ヒストリアー)よりもいっそう哲学的であり、いっそう重大な意義をもつのである。というのも、詩作はむしろ普遍的な事柄を語り、歴史は個別的な事柄を語るからである。

ここで「普遍的な事柄」というのは、どのような人にとっては、どのようなことを語ったり、なしたりすることが、ありそうな仕方で、あるいは、必然的な仕方で起こるのかということであって、このことこそ詩作は、登場人物に個々の名前をつけながらも目指しているのである。他方、「個別的な事柄」というのは、アルキビアデスが何をなし、どんな目にあったのかといったことである。」(アリストテレス『詩学』1451b)

詩と歴史を対比させたアリストテレスの有名な言葉を手掛かりにして、フィンリーは、古代のギリシア人にとって、歴史がどのような意義を持っていたかという問いを追求する。ギリシア人が詩と歴史を対比するのは、両者がともに過去を語るための様式でありながら、その性格を異にしていたからである。即ち、詩が語るのが時系列に囚われない神話の世界であるのに対して、歴史の語りは、あくまでも時系列の中で展開するものである。そしてギリシア人の歴史叙述の背後には、無時間的な神話の世界が広がっており、両者は断絶することなく、かといって一方が他方を飲み込んでしまうこともなく併存していた。現代人がこれを不可解だと思うのは、過去から未来に向かって一直線に伸びる、均質的な時間の観念を前提にしてかかるからである。ギリシア人の時間の捉え方はそのようなものではなかった。彼らには彼らなりの時間の捉え方があり、記憶の在り方があった。それはどのようなものであったのか。また、冒頭の引用でアリストテレスが述べた歴史の特徴 (限界)、すなわち歴史が普遍的なことを語りえないという問題を、トゥキュディデスはじめギリシアの歴史家たちはどのように超克しようとしたのか。歴史と神話、そして両者の共通の基盤である記憶について、古代ギリシア人の側に立って考察した論考。

<クラス紹介>

 斬新な発想と緻密な分析によってギリシア・ローマ史研究に大きな足跡を残した希代の古代史家モーゼス・フィンリー、その円熟期の論考12編を集めたThe Use and Abuse of Historyから、いくつかの章を選んで読み進めていきます。最初に取り上げる“The Ancient Greeks and Their Nation”は10頁ほどの小論ながら、私たちが当たり前のように「古代ギリシア人」と呼ぶ人々にとって「ギリシア (人)」とは何であったのかという根本的な問いを投げかける刺激的な論考です。 

本書に収められた12篇は全て独立しているので、最初に取り上げる章以外は、特に読む順番は決めていません。ギリシア・ローマ史の個別テーマを論じたものから、歴史学の方法論を扱ったものまで、多種多様なラインナップの中から、受講生の方が興味を持った章を順次読破していきます。適宜文法事項も確認しながら一文ずつ丁寧に読み進めるので、ゆっくりじっくり英語を読みたい方におすすめです。

 随時ご参加をお待ちしております!

授業内容・進め方(準備)

  • 内容

本書はテーマ上独立した12編の論考からなるエッセイ集なので、冒頭から順番に読むことはせずに、受講生の皆さんのご関心に合う章から読み進めていきます。古代史の個々のテーマを論じたものから、歴史と他の学問との関係を考えるものまで、多彩なラインナップが揃っています。

最初に読む章だけは、私の独断で決めさせていただきました。それは、第7章 “The Ancient Greeks and Their Nation” です。「古代ギリシア人にとってギリシア人であるとはどういうことだったのだろうか?」 これはギリシア史を研究する中で私がずっと抱いてきた疑問です。本章はこの疑問に対して解答を与えてくれるものではありませんが、この問いについて考えるための多くのヒントや材料を提供してくれます。また、ギリシア史の概観を与えてくれる章でもあるので、導入として読むのに適した内容だと判断し、最初に取り上げることにしました。(事務注:第7章を、2021年度に扱いました。)

  • クラスの進め方

輪読形式で、参加者が交代に一文ずつ英語を読み上げては、その場で日本語に訳していきます。一番重点を置きたいのは、英語を正確に理解することです。一つ一つの単語の意味や構文について皆で納得いくまで議論しながら少しずつ理解を深めていくことが目標です。そのため、とてもゆっくりしたペースで読み進めることになると思います。最初は一回 (90) 1頁くらいかもしれません。そのうえで慣れてきたらペースを上げたり、取り上げられている歴史事象や人物について補足説明をしたり、といったこともしていきます。こういう進め方なので、歴史の専門知識がない方や英語を多読することに自信のない方でも参加大歓迎です。

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