山びこ通信2021年度号(2022年2月発行)より下記の記事を転載致します。

『英語で味わうシェイクスピアのソネット』

担当 坂本 晃平

詩人の内的感動がそれに相応しい言葉の器に載せられたのなら、まさにその時そこに詩神が宿り、詩が詩たりえる必然が生まれます。もっと砕けた言い方をすれば、表現したい気持ち(内容)にふさわしい言葉の工夫(形式)をした作品が詩的な詩だというわけです。他ならぬこの信念を胸に、ソネットという短い詩の小宇宙をめぐって詩神(アポロでもミューズでもお好みで)の隠れ家にお邪魔するのがこちらのクラス。

さて、いつもどういうお話をしているのかの参考のため、先の秋学期にも扱ったソネット35番を題材に詩神の隠れ家を探してみましょう。おやおや、どうやらこの詩では語り手(=「私」)の恋人の浮気が発覚したようです。これは修羅場を期待したいところ・・・ですが、彼はむしろ

For to thy sensual fault I bring in sense —
Thy adverse party is thy advocate —
And ’gainst myself a lawful plea commence.
Such civil war is in my love and hate,
That I an accessory needs must be
To that sweet thief which sourly robs from me. (35. 9-14)

だって、お前の官能の罪に私は理性を持ち込んで——
お前の敵対者であったはずが今やお前の代弁者——
自分で自分に訴訟を始めてしまうのです。
私の大好きと大嫌いの間にはこんなにも激しい内乱が起こるから、
私は共犯者にならずにはおけないのです、
私から酸っぱく心を奪っていく甘い盗人の。

と、なおも嫌いにはなりきれない、「大好きで大嫌い」(love and hate)という——古代ローマの詩人カトゥルスのOdi et amoを踏まえた——二律背反した心情を歌っています。よく見てみるとこのように矛盾した表現は上の6行からたくさん見つかります。例えば、冒頭にはsensual(官能の)とsense(理性)。次にadverse(敵対する)とadvocate(代弁者)。最後の行のsweet(甘い)とsourly(酸っぱく)——この副詞の言わんとするところは、むごたらしいやり方でということ——というのは、日本語で恋を甘酸っぱいというのと同じですね。これらの自家撞着したあり様は、’gainst myself(自分で自分に反抗して)という表現にも通じるでしょう。

このように、35番は二律背反性をことさら強調し、それで以って「大好きで大嫌い」という引き裂かれた思いを叫んでいるのです。ここまでがこのソネットの内容、つまりは表現したい気持ちについてのお話でした。ここからはその思いを表現するために言葉にどのような工夫が施されているのか、つまり形式面に目を向けてみます。そう、ポエム(詩)に施すライム(脚韻)のお話です。ここで行末の単語を抜き出してみると、sense-advocate-commence-hate-be-meですから、脚韻はa-b-a-b-c-cの形で書かれているのがわかります。つまり4+2のユニットです。しかしながら、この6行でピリオドが打たれている場所はといえば、それぞれcommenceとmeの後に一つずつあるわけですね。センテンスという観点からは、3+3のユニットになっているのです。要するに、脚韻の形式による区切り方とセンテンスの区切りとの間に矛盾が生じているということになります。

これでピンと来た方も多いでしょう。つまり、「大好きで大嫌い」という相矛盾する感情を表現するための言葉という器、まさにその器自体が、二つの相矛盾する区切り方によって分たれることで、引き裂かれた感情との相似形を成しているわけです。言葉という感情の器すらもが引き裂かれることによって、この詩の言わんとする「大好きで大嫌い」という感情が真に迫ったものとなります。かくして、ソネット35番は詩としての必然を手に入れることができました。この亀裂こそが、詩神の住み給う渓谷であったと言えるでしょう。

さて、毎回の講座では形式的特徴と表現された内容の有機的関係について、以上の様な分析をさまざまな角度から行なっております。12月7日現在、ソネットの42番まで終えていますから、そろそろ55番などがある中盤の名場面に差し掛かっていく頃合いですね。

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