西洋古典を読む(2018/10/17)

福西です。

『人生の短さについて』(セネカ、茂手木元蔵訳、岩波文庫)を読んでいます。11章を読みました。以下、受講生のA君の要約です。

多忙な人間は僅かな間しか生きられないのを恐れ、自分を若く見せるなどの嘘で自分をだまして慰めている。しかし死すべき人間の脆さを恐れながら死んでいく。ろくな生き方をしなかった彼らは次は有閑な人生を送りたいと嘆く。

これに反して雑務から離れて生活を送っている人びとは人生が長くないはずもない。彼らの手には不要なものは一切ない。それゆえ人生はいかに小さくとも満ち足りている。

言うことなしです。要約ができるということは、しっかり読めている証拠です。心強いです。

テキストを読んだあとは、世界史の話題になり、国家単位の盛者必衰で盛り上がりました。

中央の政治において、反動が頻繁に起こると、地方に対する支配力が低下する。また(近代以前では)勢力を分割すると結果的に他の勢力に侵食され、最初の規模よりも縮小するという話が出ました。アレクサンダーの王国、ローマ帝国、フランク王国、モンゴル帝国、トルコ、の例が出ました。

そして、セルジュークトルコとオスマントルコの違いを、A君がレクチャーしてくれました。

セルジュークトルコは、戦争は強くても内政が下手で、抵抗勢力の為政者をそのまま登用するかわりに、よきにはからえで、地方からあがってきた税金をもとに中央で勝手なことをした結果、威信と求心力を失い、短命に終わったとのことです。(「錦を飾る」の楚王項羽みたいだなと思いました)。一方のオスマントルコは、内政が得意とのことでした。また戦争でちょっとでも抵抗した勢力は首をすげかえ、他の見せしめにしました。そのかわり、すぐに降伏した勢力には寛容とのことでした。その結果、国の手綱を自力で持ち続け、長期の王朝だったとの話でした。

私はふと映画『アラビアのロレンス』で、その主人公がダマスカスで旧官僚を登用したことで治安が安定したというのを思い出したので、セルジュークトルコよりもオスマントルコの方がそのような寛容性を持っていたのかなと思っていました。でも、A君の話を聞いて、反対だと知り、驚きました。そしてオスマントルコの方式は、モンゴル帝国のそれに似ているなと思いました。