山びこ通信(2011/11月号)の記事をご紹介しています。(以下転載)

『英語一般』 (担当:浅野直樹)

夏休み明けの秋学期当初こそ英語の勘がいくらか鈍っていましたが、最近では安定して英語の読み書きや会話でのやり取りができています。基礎が十分固まっているのであとはひたすら単語や語法になじむことです。

さて、英語がある程度理解できるようになると、日本語とはそもそもの発想が違うことを意識させられます。受講生の方がそうした気づきを何度か指摘されました。このクラスで感じた英語と日本語との発想の違いをいくつか紹介します。

和文英訳をするときにその違いに最も悩まされます。直訳でも十分意味が通る英語になることもあれば、直訳では意味が通じないこともあり、そもそも直訳が不可能な場合もあります。日本語では主語が明示されていないこともしばしばですが、英語では原則として主語が必要です。その他にも「世間では…」という日本語を”… in the world”と訳すのは明らかに変ですし、「~してもらう」という表現を日本語ではよく用いますが、それにぴったり当てはまる英語の表現はありません。

英語を読む場合はいわゆる無生物主語を含む名詞の多さにいくらか戸惑いはしますが、内容をつかんだり自然な日本語にしたりするのに英語を書くときほどは苦労しません。それよりも内容や冗談に文化差を感じます。今はこのクラスで”Dog Days (Diary of a Wimpy Kid, Book 4)”というまさに現代アメリカ的な本を読み進めています。主人公がスムージーを友人のおじさんのツケで食べていたことが発覚して揉めたときに、主人公の母親は息子をかばうことなく「クリエイティブになれ」と言い、主人公は芝刈りサービスを始めるといったくだりはどこをとってもアメリカ的です。冗談らしき箇所のおもしろさがわからないこともしばしばあります。この話とは別の文脈でしたが、携帯電話でのテキストメッセージで使われる省略語(U R=You are、l8=lateなど)の意味がわからず苦労するという場面もありました。

会話では”You”と言うときに抵抗を感じるという話で意気投合しました。英語の構造上”You”と言わなければ話が始まりませんが、これは失礼な言い方ではないかという疑念に駆られるのです。敬語や主語をぼかす表現が英語ではほとんどできないために戸惑うのでしょう。

言語の違いや文化差を感じるのはかなり英語ができるようになってからのことです。こうした感想が聞けたのは進歩の証拠だと受け止めています。

(浅野直樹)

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