『ラテン語入門(初級文法)』 (担当:前川 裕)

 勉強?研究?…「学ぶこと」によせて

「勉強、好きなんだねえ」──誰かにこう言われた時、どう思うでしょうか。私は「変な奴だなあ」という言外の圧力を感じます。つまり、「勉強」とは学校で強制されるもの、分からなくて嫌なもの、時間がかかって苦しいものであり、そんなものが好きなんて変わった奴だなあ、…という憐れみのような感触です。

そんなとき、「ボクは『研究』が好きなんだよ」と返します。「研究」という言葉には、「強制」という響きがありません。時間がかかっていても、苦しいものではありません。むしろ、喜びに溢れたひとときです。「研究」という言葉を使うと大仰な感じですが、自分から好んで学ぶものはみな「研究」である、といってもよいでしょう。

しかし、小学校から大学に至るまで、基本はやはり「勉強=教えられること」だと思います。それは、その時は当人に価値が分からないものであっても、将来に開花するための貴重な布石だからです。好きな物ばかり食べていたら栄養が偏るように、好きなことのみを学んでいてもやはり知識のバランスが偏ります。身体が様々な栄養素によってバランスを保つように、知識もまたさまざまな要素によって組み合わさっているからです。Aという事象は、通常aが原因と考えられるが、実はbによっても、またcによっても説明できるのだ──そのような多様性に気づくことは、人間としての「生きる力」を付けるために不可欠ではないでしょうか。

私は「学ぶこと」が大好きです。いろんなことに手を出してきましたし、今でも手を出し続けています。そんな私には大書店や図書館は宝の山です。自分の専門分野の棚はもちろんですが、全然違う分野の本棚を眺めて歩き、時に目についたものを手に取ってみる。もちろん、分からないところだらけです。でも「何か新しいことに触れた」という喜びの記憶は、いつまでも残ります。それは決して無駄なことをしている時間ではありません。むしろ、それこそが「学び」の本質なのだと思います。

「山の学校」も、そのような「学ぶこと」の喜びを分かち合う場として成長していきます。ここから大樹のように「学び」が広がっていくことを願って。

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この春学期から「山の学校」の講師(ラテン語入門)をさせていただいています。山下先生とは、私が同志社大学大学院の学生だった十年ほど前からのお付き合いで、今もラテン語の師としてご指導頂いています。

平日はサラリーマン、週末はキリスト教会(プロテスタント)の副牧師として働いています。詳しくは「山の学校Weblog」にあるリンクからどうぞ!

(前川 裕)

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