きょうは『韓非子』和氏篇のつづきを読んでから、『史記』廉頗藺相如列伝に進みました。

さて、漢文を訓読するという行為は中国語を日本語に直して読むということですが、そこに2つの言語のギャップを感じることがあります。

きょうの廉頗藺相如列伝でも、「使」という字を使役の助字として読むのか、「使はす」という他動詞で読むのか、「使ひす」という自動詞で読むのか、悩ましい箇所がありました。中国語では助字のあとの動詞を省略することができますが、訓読ではそうはいかないので、そのような場合には動詞として読むことになります。

また、「予」という字は「ゆるす」とも「あたふ」とも読むことができ、読み分ける以上は意味も区別しなくてはという意識が働くのですが、実は両方の意味を自由に行き来しながら原文は書かれているように思えるような場合もあります。

きょうは、そんなようなことをお話しました。

木村

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