今日の俳句と園児に話したこと

この日は九月に入って紹介した俳句を全員で復唱しました。

子規の「人は寝て かごの松虫 鳴き出でぬ」という俳句です。

最初はちょっと取っつきが悪かったのですが、今では全員にとっておなじみです。

この日は黙想中、部屋の鈴虫の声がひときわ大きく部屋中に響いて聞こえました(俳句の中身とちょっとつながりがありますね)。

いつも俳句の時間に、少し教育的な話をするようにしています。時間にしてとても短い、本当にワンポイントのお話です。

この日は、「気づくことの大事さ」という内容でお話をしました。

私のメッセージはおよそ次のようなものでした。実は、この日は朝から少しふわふわしていて、何度か姿勢の崩れを注意することがありました。

「みんなと俳句はなんどかやってきたね。でも、最初の一回目が一番よかったです。四月の最初は、みんな緊張してこちんこちんだった。だから、みんなの息が聞こえるくらい入ってきたとき静かだったし、姿勢もピンとしていた。

でも、だんだん慣れてくると姿勢は崩れるね。なんどか注意しないと直せない。大人でもそうです。

でも、ちょっと考えてみてごらん。

もし、これはよくないと気づいた人が、もう一度最初の時の気持ちに戻って姿勢をピンとできたとしたら、それは、最初の時よりももっと立派だと先生は思います。

というのは、最初は緊張するから誰でもピンとできてあたりまえ。次に気が緩む。その次に緩みっぱなしの人と、自分で気づいてピンとできる人に分かれます。みなはどっちがいいかな?(というと、全員ピンとできた)。

同じようにみなに気づいてほしいことがあります。

年長さんになって、いろいろなことができるようになった。友達といると楽しいし、なんだって出来る気がしてくる。

でも小さいぐみさんのほうが、お当番がしっかり出来るかも知れない。それはまだ緊張(ドキドキ)しているから。みなは、慣れているので、うっかりご挨拶を忘れることがあるかもしれない。でも、それに自分で気づき、しっかりお当番ができる年長さんは、ずっと堂々と見える。

先生がみなに言いたいことは一つ。

幼稚園できることは「いつでも、どこでも」できるようにしようね。

それは先生が横にいてもいなくても、大事なことは自分で気づき、できるほうがいいから。

幼稚園に入園前の小さい人がきたとき、みなは優しくしてくれている。先生はとても嬉しく思います。

だとしたら、たとえば放課後、どこかの公園で遊ぶとき、もし砂場に小さい人が先にいて遊んでいたらどうしたらいい?

もし、皆で大声をあげてどやどやと砂場に入ったらどう?

そう、親切にして上げて下さい。そう、いっしょに遊ぼうか?と声をかけるのもいいね。

本当に大事なこと、正しいことは、いつでも、どこでも同じようにできないといけないね。

ごあいさつも同じです。

幼稚園でしっかりご挨拶ができるなら、おうちの人にも、近くの人にも、いつでもどこでも笑顔で挨拶をしましょう。

もし、先生やおうちの人に言われなくても、自分で大事なことに気づき、自分でそれができたら、それは本当に一番立派なことなのです。

次の俳句の時間、先生はみなになにもいわないつもりです。

自分で何が大事か思い出し、自分でそれに気づいて下さいね。

周囲に細かな気遣いができることと、のびのび元気に遊ぶこと。両立は可能だと思います。

これも、広い意味で「バランスの大事さ」の一つかと考え、上のような話を園児にした次第です。

今日の外遊びは、抜けるような青空の下、全園児が力一杯遊びました。

お客さんが園長室でこう言いました。

「一人残らず全員から元気に挨拶してもらい、びっくりしました」と。

いつでもどこでも、ぶれない心の基準をもつこと。

大人にも難題です。

だからこそ、私たちも時にそのことの大事さを思い出し、心のアクセルとブレーキを上手に調整したいと思います。

(2013年9月25日)

関連記事: