福西です。ずっと前のことになりますが、今号の山びこ通信で書ききれなかった、初回の授業のことを思い出しながら書いています。

このクラスは、高木彬先生からの引き継ぎとなります。

この日は、ガイダンスとして、私が一番伝えたいと思うことを伝えました。

このクラスには、Y君とKちゃんという二人の生徒が来てくれています。

Y君と私がはじめて会ったのは、4年生の「ひねもす道場」ででした。また私がY君のクラスをこのように受け持つのは、今年が初めてとなります。Y君は天体のことが好きで、いつだったか、Y君のお母さんが天体望遠鏡のことでたずねてこられたのを覚えています。Y君はよくサッカーの出で立ちで山の学校に来られ、明るくて気さくで、そして何より、(これは山びこ通信にも書きましたが)、素朴な感動を素直に表してくれます。そんなY君には心が洗われること、しばしばです。

Kちゃんとは、私は1年生と2年生の頃のことばのクラスを受け持ったことがあります。その時のKちゃんは詩作が好きで、静かな情熱に何度も驚かされたことがあります。『長くつしたのピッピ』が愛読書とのことです。Kちゃんも、ひねもす道場にほぼ毎回というほどよく参加してくれていました。(今では道場にはコンスタントに参加者がいますが、当時はKちゃん一人ということもよくありました。今の盛況は、Kちゃんが火をつけてくれたと言っても過言ではありません)。その頃、服や靴のデザインに興味があると伺ったことがあります。今はバレーボールに熱中されているようです。

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ところで、写真の葉っぱは、春落ち葉のたくさん舞う風の強い日に、幼稚園の一人の女の子がくれた葉っぱの一部です。その子は、せっかく見つけた葉っぱなのに、何度も何度も、こちらの姿を見つけては、差し出してくれるのでした。それも、まっすぐな目で、こう言い添えて。「おへやに、たっくさん、かざったら、きれいよ」と。そんな、まごころに触れた日がありました。

Kちゃんの詩のことを思い出したのも、その日のことでした。

 

授業では、二つの詩を紹介しました。一つ目は(以前このブログでもご紹介した)、『なくなるおちば』という作品です。

 

『なくなるおちば』 T.K.

秋になって、公園の木に黄色いいちょうのはっぱがなった。

十一月になり、いろんな木のはっぱがまいおりるころ、

みんながいちょうやはっぱをひろいあつめた。

でも、はっぱはなかなかへらない。

わたしも、一ど手のひらいっぱいにかきあつめた。

すると、二、三まいのはっぱがおちてきた。

そして春になった。するともうはっぱはなくなっていた。

わたしはふしぎに思った。

だから、今年はなくなってしまうのを見てみたい。

(2009年11月)

 

お気付きの方もおられるかと思いますが、この詩の作者が、Kちゃんです。2年生の頃に書いてくれた作品です。最後の一行にある「だから、今年はなくなってしまうのを見てみたい」という思いは、おそらく大人になっても持ち続けてくれるものだと感じます。それなので、ある種の記念碑(その時を思い出させてくれるもの)として、ファイルの一番最初にはさんでもらうことにしました。

次に、もう一つ詩を紹介しました。

 

『おさなごの詩』

( 先生) 太陽ってなんぼある?

(子供) 山科の家にいったときもあったで──、

山口の家にいったときかって ───、

北極にも 南極にも あるんやろ──、

(先生) 屋上にも太陽あるな ───。

(子供) 先生 見張りしてゝや ───、

僕 運動場にもあるか見てくるからな!

 

以前私が書いた「こちら」の記事で、すでにご存じの方もおられるかもしれませんが、この詩の中に現れる子供は、実は私自身です。そのことを告げると、生徒たちは二人とも一様に驚いてくれました。私は次のように言いました。「それを書き残してくれた幼稚園の先生がいて、そのおかげで、私は今も自分の言葉をおぼえている。そして、自分がしてもらったように、自分もできるような人になりたいと思って、今の仕事についたんです」と。

 

その後の時間で、志賀直哉の『清兵衛と瓢箪』(新学社文庫)を朗読しました。軽妙な筆致で書かれた、ごく短い話です。

その作品を通して、私が伝えたいと思い、実際話したことは、以下の通りです。

「私は二人のことが好きです。二人の将来が楽しみです。でもそれは、二人が将来『有望』だからだとか、何になるかを『予想』できるから、そう思うのではないんです。これがもしトマトの木だったら、トマトになることが分かっていて、トマトが実ることが嬉しいから、種をまくわけです。そして実際にトマトが実らなかったら、悲しいわけです。お百姓さんはそう思って、種を植えるし、育てます。でも、人間はもっと複雑です。何になるか分からないということは、すごいということなんです。すごいからこそ、何になるか予想がつかない。その時の誰にも予想なんてできない。たぶん、お父さんにもお母さんにも分からない。ましてや他人である私に分かるはずがない。だからそんな私には、二人が何になるか予想できないこと、そのことが、楽しみなんです。それは、立派なトマトが実るということで、楽しみだというわけとは違うんです」と。

 

以下は便宜のために、『清兵衛と瓢箪』のあらすじを述べておきます。

清兵衛は瓢箪に目が利く子供で、ある時、自分の目にかなった「ふるいつきたくなるような」瓢箪を、仕舞屋(小物屋)の軒先に見つけます。その時の興奮は、次のような短い文章で端的に表現されています。

 「そしたら、きっとだれにも売らんといて、つかあせえのう。すぐ銭持って来やんすけえ」くどく、これを言って走って帰って行った。

まもなく、赤い顔をしてハアハア言いながら帰ってくると、それを受け取ってまた走って帰って行った。

このように自分の小遣いで手に入れた大事な瓢箪を、清兵衛は飽かず磨いては、肌身離さずにおいたのでした。

一方、清兵衛の父親は、そうした瓢に熱を上げる息子のことを苦々しく思っています。大人たちが話題にする瓢箪とは、「馬琴の」と言われる奇抜なものでしたが、清兵衛はというと、そうした「評判の」ものには一向に食指が動きません。「こういうが、ええんじゃ」と、自分の見つけた小ぶりな瓢を磨いてます。親戚はその様子を見て、子供だから価値がわからないのだろうと笑いますが、清兵衛がふと「かさ張っとるだけじゃ」と洩らすなり、父親はそれまでの怒りをあらわにします。「わかりもせんくせして、黙っとれ!」と。清兵衛はそれで「黙ってしま」います。

それでも清兵衛の瓢箪への入れ込みようはひどく、例の大事な瓢箪を、学校にまで持っていくようになったところで、破局が訪れます。学校の教員に取り上げられてしまったのです。その時の清兵衛は「泣けもしなかった」とあります。そして、家にまで来て「こういう事はぜんたい家庭で取り締まっていただくべきで……」と注意を与える教員に、母親はただただ恐縮し、「とうてい将来見込みのある人間ではない」とまで言われてしまいます。それを母親の口から聞いて知った父親は、とうとう、家にぶら下げてあった清兵衛の瓢箪をすべて、玄能でかち割ってしまうのでした。ここでも清兵衛は、父親からも「将来とても見込みのないやつだ」と言われてしまいます。そして清兵衛は「ただ青くなって黙っていた」のでした。

一方、学校の先生に取り上げられたその瓢箪は、まず学校の小使い(用務員)の手に渡り、それから骨董屋に、そして地方の豪家へと渡ります。清兵衛が最初手に入れた時は十銭でしたが、それが五円になり、五十円になり、ついには六百円になったという後日談に、清兵衛の目利きが「本物」であったことが伺われます。

そして清兵衛はというと、今では以前の情熱は冷め、今度は絵に熱中しはじめています。けれどもそれにも父親はそろそろ「小言を言い出してきた」……というところで、ストーリーは終わっています。

清兵衛が見ていた瓢箪の価値と、目利きとしての清兵衛の価値とは、パラレルになっています。また、父親の「将来見込みのないやつ」という文句は、教員のそれの実は受け売りであり、ちょうど、馬琴の瓢箪に対する「世間の評判」に(自分ではよくわかっていないにもかかわらず)無意識に追従していることと酷似しています。こうしたステレオタイプの価値観が、子供の将来に対して見失うものの大きさには、大人の私たちが胸に手を当てて考える必要があるのではないかと思います。

 

帰り際に「将来がもし分かるとしたら、知りたいと思うかどうか」という話題になりました。「だって、もし自分が何になるかあらかじめ分かっていて、それに向かって迷わず努力できるとしたら、無駄がない分、得ではないか?」というような質問を私がすると、生徒たちは、それについて「うーん」と考え込んでいた様子でした。「ちょっと知りたいけど、でも自分のなりたいものになっていないかもしれないし、もしそれを知ってしまったら、やる気をなくしてしまうかもしれない。そっちの方が怖いという気持ちが大きい」とのことでした。

 

この日はまた、今学期を通して読む本を二人に選んでもらいました。「時間」をテーマに、三つほど候補をあげたところ、『モモ』に決まりました。今はそれを読んでいます。

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(他の候補)

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