『リンゴ畑のマーティン・ピピン』を読む(西洋の児童文学を読むC、2022/9/8)(その2)

福西です。(その1)の続きです。

 

マーガレットは、「わたしはふさわしくない」(I am not good enough)、「わたしの心には悪が巣くっているのです」(There is evil in me.)と言い、ホブから離れようとします。

さらに、「自分自身と闘ったけれど、だめだったのです」(I fought myself in vain.)、とも言います。

いったい何のことを言っているのでしょうか。

ただ、分からぬながらも、ホブはあきらめません。「金色のバラに黒い蛇を見た時、私は神に感謝したのだ」と言い、お互いに不完全だからこそ、愛し合って、喜びも、勇気も、美しさも、知恵も、一緒に作り上げていこう、と。

何のとりえもないと思われたホブの特性は、愛でした。相手の不完全さを許容できることでした。

愛は(キリスト教的な)神の特性であり、永遠であり、無限です。

この作品では、喜びや、勇気や、美しさや、知恵は、有限なものとして登場します。

ホブの弟たちは、有限なものを得て、それを取られて廃人になってしまいました。

いわば、有限ー有限=0という図式です。

けれどもホブの愛は、マーガレットから取られても、一向に減りません。

いわば、∞ー∞=∞という図式です。

だからこそホブは、金色のバラが咲いた後も、正気を保っていられたのでした。ホブの愛とマーガレットの愛は、交換ではなく、混ざり合ったのです。

ホブはあらためて、マーガレットに求婚します。

しかし、ここで、さらにどんでん返しが生じます。

 

マーガレットの顔は死人のように青ざめていました。

マーガレットはついに、ホブの勧めに押されて、婚礼衣装をかぶります。

すると、何が起こったでしょうか。

彼女はたちまち息絶えたのでした。(as soon as she had put it on she fell dead at his feet.)

なんと、婚礼の衣装が、死に装束となってしまったのです。

 

ここで、「自分自身と闘ったけれど、だめだった」というマーガレットのセリフが思い出されます。

oh, my heart, had I known, when you spoke last night of your bride, that I was she! I will never be she! I was not good enough. I fought myself in vain.

「昨夜、私が彼女(=結婚相手)だと知っていたなら」と、マーガレットは嘆いていました。

そして、「私は彼女(=結婚相手)には決してなれないだろう」と。

その「決してなれない」というのが、成就したのです。

 

その種明かしは、来週に読む箇所で。