『赤毛のアン』を読む(西洋の児童文学を読むB、2022/5/20)(その2)

福西です。(その1)の続きです。

今回読んだ個所では、アンの感激を現す「I love……」というセリフが、いくつも出てきました。

「あたし、馬車に乗って行くのが大好きなの」(I’m glad because I love driving)

「美しい服ってあたし、大好きなんですもの」( I just love pretty clothes)

「あたし、もう好きでたまらないわ。こんなところで暮らすんですもの、うれしいわ」(I just love it already, and I’m so glad I’m going to live here)

また、次の表現も、印象的です。

Oh, it seems so wonderful that I’m going to live with you and belong to you. I’ve never belonged to anybody—not really.

「これから小父さんといっしょに暮して、小父さんの家の人になるなんて、まあ、なんてすばらしいんでしょう。あたし、いままでどこの家の者でもなかったんですもの──ほんとうの家族としてはね」

 

I’ve always heard that Prince Edward Island was the prettiest place in the world,(…)It’s delightful when your imaginations come true, isn’t it?

プリンス・エドワード島は世界じゅうでいちばんきれいなところだって(…)想像していたことがほんとうになるって、うれしいことじゃない?」

家族を持つこと、美しい場所に住むこと、ドライブや白い服を着るといった、美しい経験をすること。それらをいままでアンは「想像」するだけでした。それらがいま一つずつ、現実にかなっていることを実感し、アンの大きな魂は、小さな体ではちきれんばかりにうち震えているのでしょう。

しかし次の章「マリラ・クスバートの驚き」で、それが「ぬか喜び」だったということが分かります。これはマシューが事態を先延ばしにしたせいで起こった、酷な事だとも言えます。

ともあれ、喜びの浮き沈みを経て、『赤毛のアン』はいよいよ面白さを増します。ぜひ次回もお楽しみに。

 

最後の時間では、もう一度、映画の『赤毛のアン』(ミーガン・フォローズ主演、ケビン・サリバン監督、1986年)の、ブライト・リバー駅でアンとマシューが出会うシーンを見ました。