傷があっても、それを気にしないで暮らすこと(その1)

福西です。

山びこ通信2005.11の「読書案内」より、リファインして転載します。

『西洋の児童文学を読む』クラスであたためている、候補作品の一つです。

『第九軍団のワシ』(サトクリフ作/猪熊葉子訳/岩波書店 1972 年)

「おれたちは二人とも仲間同士だ。そしておれたちにできる唯一のことは、おれも、お前も、傷があっても、それを気にしないで暮らすことだよ」

──ローズマリ・サトクリフ作/猪熊葉子訳/岩波書店1972 年

私は、ちょっと前まで、自分でも何を焦っていたのか解らずに、「そんなものよりも」と、何か役に立ちそうな物ばかりを漁って読んでいました。その反動なのか、最近では、「昔読まなかった本棚」の前に立っていることの方が多いです。

児童書の中で友情を探すなら、サトクリフの描く物語がおすすめです。「いつかそんな友情がしてみたかった」と思える、胸のすくような話をお探しの人にはまさしく、『これ! これ! これ!』です。

イギリス人の作者が、先祖であるローマ人とブリテン人との交わりを活写している、『第九軍団のワシ』。その中にマーカスとエスカという二人が登場します。

マーカスは、軍人の家系に生まれた若きローマ人で、百人隊長筆頭として任命されます。けれどもブリテンに赴任した矢先、大きな傷を負い、軍人としての栄達の夢を挫かれてしまいます。完全に癒えない傷と、整理のつかない自身の心とに苛立ちながら、身の振り方を考えねばならないマーカスは、ある日、謎の失踪をした第九軍団の噂を耳にします。

第九軍団は、ブリテンの北の反乱を平定しに、ハドリアヌスの『防壁』の向こうへと消えたきり、戻って来なかったローマ兵たちです。その中にマーカスの父もまた、指揮官の一人として赴いていたのでした。そのことから、彼は第九軍団の探索を志願します。

もし軍旗の<ワシ>が今もブリテン人の手によって祭られているとしたら、それを自らの手で奪い返したい。そして軍旗が故郷に帰れば、父の名誉を回復することも、父の軍団だった第九軍団を再建することも果たせるかもしれない。たとえそれが叶わなくても、いつの日か<ワシ>がブリテン人の軍勢の陣頭に押し立てられ、ローマの脅威となることは防げるだろうと。

マーカスは、そのような胸のうちを、一人の若い奴隷に告げます。

その奴隷の名はエスカ。彼はブリテン人で、ローマによって滅ぼされた部族の出でした。マーカスとエスカは、この時点からすでに、主従の関係よりもむしろ運命の敗者としての共感で深く結びつけられています。

「一緒に行ってくれと奴隷に頼むことはできない。だが」

と出立の日に、マーカスは解放証書を手渡しながら言います。

「友になら頼める」

それに対しエスカはこう答えます。

「これまでお仕えしてきたのは、私が奴隷だったからではありません」

こうして二人は「一生に一度の狩り」へと出かけたのでした。

その2に続きます)