西洋古典を読む(中高生)(2021/3/10)

福西です。

ウェルギリウス『アエネーイス』(岡道男・高橋宏幸訳、西洋古典叢書)を読んでいます。

6.546
i decus, i, nostrum; melioribus utere fatis.
行け(i)、行け(i)、我らの(nostrum)誉れよ(decus)、よりよい(melioribus)運命について(を)(fatis)享受せよ(utere)

冥界で再会した戦友、デーイポブスの言葉です。

「よりよい」(melior)という表現が、第1巻から繰り返されることが気になりました。

1.452(ユーノーの神殿の絵)
adflictis melius confidere rebus

打ちひしがれた事態によりよく信じること(をアエネーアスはできた)。

 

3.188(カッサンドラの予言を思い出して)
meliora sequamur
「よりよき方へ向かおう」(とアンキーセスは言った)

『アエネーイス』という作品では、未来(運命)を知り、bestな選択ができる存在は、ユピテルだけです。

それ以外の神々は、ユーノーであれ、ウェヌスであれ、未来を(部分的にしか)知らず、betterな選択しかできません。

人間はなおさらです。それぞれに抱く希望のうち、運命ではないものは叶いません。

それでも作者は、「よりよい方」を目指す人間(mortalia)の「苦労」を、精いっぱいの「生きざま」を描きます。そして人間の歴史(res)に対するエールを惜しみません。

アエネーアスの艱難辛苦と並行して、『アエネーイス』の主題の一つは、ユーノーの納得です。ローマの繁栄という未来図を、彼女が受け入れること、すなわちユピテルの説得が実ることです。

そのユーノーの「心の変遷」が1巻から12巻まで続きます。

結局ぐるっと回って、1巻でのユピテルの予言「よりよい方へ」が成就されます。

1.281(ユピテルの予言)
consilia in melius referet

「(ユーノーは)考えをよりよい方へ向け変えるだろう」(とユピテルは言った)。

 

10.632(トゥルヌスの延命をはかるユーノー)
in melius tua, qui potes, orsa reflectas!
「お前にはできる、よりよき方へ企てを転じよ」(とユーノーは言った)

12.153(ユートゥルナに助言するユーノー)
forsan miseros meliora sequentur
「おそらく哀れな者へよりよい日が来るだろう」(とユーノーはユートゥルナに言った)

(ユーノーはトゥルヌスの死を動かせない運命だと納得したものの、ユートゥルナにできることがあれば全力でやれと言う)

天界にいるユーノーの心は、「melior」(better)な選択を経て、運命(ユピテルの言葉)を次第に受け入れ、変容します。

第7巻以降では、アエネーアスは、イタリア人との戦争を経て、「トロイア人アエネーアス」(過去)から「ローマ人アエネーアス」(未来)へと変貌します。

それが7巻冒頭(7.45)で高らかに宣言される「maius opus」(より大きな仕事)として描かれていくように思います。おそらくユーノーの心の変容とパラレルでしょう。

天上と地上におけるmelior。今後のテーマにしたいと思います。