福西です。先週、4年生のMちゃんの新作が完成しました。400字詰めの原稿用紙8枚にわたる大作で、「今までこんな長いお話書いたのはじめて!」という興奮を持って書き終えることができました。原稿用紙の端に「1、2…7、8」と、「もくじ」とリンクさせた数字(ページ数)を書き込むことはとても誇らしいらしく、その嬉しさがよく伝わってきます。

 

 

そして、どんなことでも、「終わりを与えること」は難しくまた素敵なことです。おめでとうございます。

 

HちゃんとIちゃんの作品も、完成に近づきつつあります。「頭の中にはもうあるんやし、もう書かへんでもええやろ?」と笑ったり、「今書かへんと、でも忘れてしまうねん!」と焦ったり、そうした葛藤を何度もつぶやいていました。もちろん焦らなくてもいいので、満足のいく作品を書き上げてください。それを楽しみにしています。

 

それでは、Mちゃんの作品をご紹介します。

 

 

『りりまじょのビー玉うらない』   O.M.作

 

  もくじ

 1.学校のかえり

 2.ふしぎなもほう

 3.7つのビー玉

 4.にんむをはたせ!

 5.あおいとのきずな

 6.よかったね

 

 

  1 学校のかえり

 

バタン、コツコツ、ジュー、一日がはじまりました。おかあさんが台所でごはんを作っている音だ。わたしは「春林りり」小学四年生十さいです。今日もすっきり目がさめた。

 

わたしはなんでもとくいっ子。クラスのみんなからそんけいされてるんだ。わたしは朝一ばんに学校につく。今日もそのちょうしで学校についた。

 

「ねえ、りり~。」

友だちのあおいが話しかけてきた。

「今日のテストじしんある?…。」

私はきっぱりと答えた。

「ある!!」

「やっぱそうか~。てゆうかそうにきまってるよね~。」

「いいな~りりはなんでもできて。わたしなんかぜんぜんだめ。」

あおいはためいきをついた。

 

「バイバーイ。」

テストがおわり、学校からかえる時間だ。わたしが道を歩いているとふしぎなおばあさんが立っていた。その時だった。わたしはそのおばあさんにとうめいな体にされた。五月二十五日(金)午後四時のことだった。

 

 

  2 ふしぎなまほう

 

そのおばあさんはま女だったのだ。そのおばあさんがぼそぼそとしゃべりはじめた。

 

「なぜわたしが、おまえをとうめいにしたかって? それはおまえがせいせきもよくとてもかしこいからじゃ。」

そしてわたしのふくをかえたのだ。

「チラララキラララ服よかわれ。」

「ボン!!」

「わ~。」

首にはかがやくダイアモンドのペンダントが…。

 

 

  3 七つのビー玉

 

そしておばあさんはわたしに七つのビー玉をくれた。わたしはおもわず、

「きれい。」

とさけんでしまった。

 

一つ目はもも色、二つ目はみかん色、三つ目はレモン色、四つ目は空色、五つ目はぶどう色、六つ目はメロン色、そして七つ目は太陽の色だ。その七つはまるでにじのようにかがやいていた。

わたしは一つ一つビー玉をとりぼ~としていた。するとまたおばあさんがぼそぼそしゃべりはじめた。

「そのビー玉一つ一つにいみがあるんじゃ。」

 

そしておばあさんはビー玉のせつめいの紙をくれた。

 

ももいろ      → ラブうん
レモンいろ   → せいかくの明るさ
ぶどういろ    → 思いやり
メロンいろ    → やさしさ
みかんいろ   → かわいさ
そらいろ      → ねがい
たいようのいろ → きずな

 

「えっ、どういういみ?」

「それをみて、おまえは人をビー玉うらないでしあわせにするのじゃ。かなえてほしいことがある人げんには、おまえのすがたがみえる。では。」

おばあさんはきえてしまった。

「あ。も~どうなってんの?」

 

  4 にんむをはたせ!

 

ぼ~としていると、わたしより五つぐらい下の女の子が立っていた。

「おねえちゃん。かなえてほしいことがあるんだけど……。」

「え!? え~~~~~~~~~~~!?」

(そっか。かなえてほしいことがある人にはわたしのすがたがみえるんだ)

「なに? なになに?」

「あのね。サンタさんにあいたいの。」

「きみの名前は?」

「『るな』だよ。」

「じゃあるなちゃん! ちょっとまってね!!」

わたしはせつめいしょをみた。

「ねがいがかなうビー玉はこれか!」

りりは、そらいろのビー玉をとりだしました。そして、

「チラララ、キラララサンタさんの国へいけ。」

とさけんだ。すると目のまえがまっくらになった。りりたちが目をさますとそこは雪ばっかりのぎん世界だった。

 

すすんでいくと、ちかへつづくかいだんがあった。おりていくとそこにはみたこともないきかいとたくさんのサンタさんがいた。

「ほう。ほう。お客さんか?」

いちばん年のとったサンタさんがいった。でも、サンタさんは、りりには気づかず、るなだけに、お茶を出しました。

(そっか! わたしはとうめいなんだ!)

 

 

るながお茶をのんでいたら、ひげをはやしたサンタさんが、

「わしらは、ここから地球が見える。ぼうえんきょうを使って、ほしい物を調べるんじゃ。そして、ほしい物リストをきかいに入れて、とどけるんじゃ。それがわしらの仕事だからのう。」

「そうなんだ。はじめて知った。」

るなが言った。

「そうじゃ。おまえさんのほしいものは、なんじゃ? とくべつにプレゼントしてやろう。」

「ほんと。」

「ああ。」

「やったぁ~~~~。」

「そうだな。じゃあ、『うらないの本』がいい。ずっとほしかったんだ。」

「そうか。じゃあ、これをもっていくがいい。」

そういって、サンタさんは、るなに一さつの本をてわたした。

「ありがとう。」

 

そして、サンタさんたちとさよならして、帰ってきました。

「ありがとう! おかげでサンタさんにあえた。じゃあまた。」

 

るなは家へ帰っていった。それから、ももいろで、ラブうんをうらなったり、レモンいろや、ぶどういろ、六つのビー玉を使っていろいろなことをうらなった。そしてのこるは太陽の色のビー玉になったのだった。

 

  5 あおいとのきずな

 

「のこるは、太陽の色のビー玉だけだ。」

 

そのとき、あおいがやってきた。じつは、テストがおわったとき、あおいとけんかをしてしまったのだ。

「あ! りり~。」

「えっ!!」

(なんでわたしのことみえるの?)

「さっきはごめ~ん。」

「いいよ。いいよ。」

そのとき、太陽の色のビー玉がかがやいた。そのしゅんかん、わたしの体はもとにもどったのだ。

 

  6 よかったね

 

そしてつぎの日、わたしはいつもどうりに学校に行く。みじかい間だったけど、たくさんの人のねがいをかなえてあげた。

 

バタン、コツコツ、ジュー。ではこのお話は、これでおしまい!! そして、なぜあおいにりりのすがたがみえたかは、あなたのそうぞうにおまかせ。

(二○一二年十月五日)

 

[コメント]

時折、Mちゃんの作品には、先行作品の投影が見られることがあります。今作では、「ぼうえんきょうで地球をのぞいている」節には、去年書いてくれた『サンタクロースの思い出』が、また「7つのビー玉」には、『小さな小さなケーキやさん』のレインボーケーキ(多様性のモチーフ)が伺われます。何度も何度も思い描くうちに、いつのまにか定まってきた、ある動かしがたいイメージや舞台背景が、きっとMちゃんの心の中には存在しているのでしょう。

 

書き出しの「バタン、コツコツ、ジュー。一日がはじまりました。おかあさんが台所でごはんを作っている音だ」という一文には、情景が目に浮かぶようです。しかもそれが、終わりの章と「輪」を作っています。それが、「こうして今も、私の時間はめぐっているんだ」という、物語にふさわしい余韻を残しています。

 

3章にはじめて登場する「まほうのビー玉」は、7つありますが、その一つ一つの効果を考えることは、きっと想像の膨らむ、このお話作りの中で一番楽しい作業の一つだったのではないでしょうか。とりわけ、7つ目の「たいようのいろ」がユニークですね。(しかもその効果が伏線にもなっています)。ちなみに、「そらいろ」の効果に「ねがい」とありますが、そこにMちゃんは最初「しゅうちゅう力」と書いていました。それをあとで「やっぱりこっちにしよう」と書き直した、推敲の跡があります。願いの対象が能力の上昇ではないところに、抑揚の効いたシブさを感じました。

 

4章は、いわゆる起承転結の「承」にあたる部分で、物語を盛り上げる要素ですが、へたをすると、お話がどんどん広がりすぎて(お話が二つになってしまって)、「終わりを与えること」ができなくなってしまう恐れがあります。そのような、何を書き、何を取っておくかで、自分と対峙する章でもあります。実際、4章でMちゃんの筆が止まりかけていたので、私も横で見ていて、「難しい仕事をしている最中だ」と感じました。

 

それだけに、5章、6章の展開は、見事に切り抜けてくれたと思います。

 

なぜあおいにりりのすがたがみえたかは、あなたのそうぞうにおまかせ。

 

この最後の一文に、読者はきっと「一本取られた」気持ちになることでしょう。さて、主人公のりりは、ひょんなことから、魔法のビー玉で占いをすることで、他人の希望をかなえてあげる役目を背負います。そのりりのおかげで、いつも驚き、感謝する側は、相談に来た相手の方だったわけですが、最後の占いだけは、りり自身が「なんで私の姿が見えるの?」と驚き、その相手の希望をかなえることがすなわち「直接」自分のそれをもかなえることになっています。それは最後のビー玉として、とっておきの使い途であり、魔法を失うことによって手に入れた、ふさわしい結末だと思いました。

 

「りりに占ってほしい人以外には、りりの姿は見えない」ということは、あおいにりりの姿が見えるのは、あおい自身がりりに占ってほしい人、すなわち最後のビー玉と関係のある希望を持っていたからです。そのことが、りりにとって思いがけない驚きを生んでいます。そのぴたりと合わせ鏡のようなどんでん返し(逆転的必然)で、物語の筋が解決されています。すなわち、りりが透明な姿から元の見える姿に戻ることは、あおいのおかげでもあったわけです。それは、かえすがえすも素晴らしい物語だと思いました。

 

これだけの力作のあとですので、しばらくはまた想像力の蓄えが必要かもしれません。すぐに「次回も期待しています」と言うと、欲が深くてきっとばちが当たる気がしますので(笑)、気長に筆を執ってもらえるのを楽しみにしています。

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