福西です。

『小公女』(バーネット、高楼方子訳、福音館書店)の第3章「アーメンガード」を読みました。

セーラと年の近いアーメンガードは、セーラに尊敬の念を抱きます。一方、セーラは、アーメンガードがミンチン先生に八つ当りされたり、クラスメイトから馬鹿にされるのを目にして憤慨します。

アーメンガードは勉強が苦手で、特にフランス語が駄目でした。学者肌の父親の期待に応えられないことが彼女の最大の悩みで、おどおどしています。そんな彼女をセーラは思いやり、積極的に話しかけて友達になります。

セーラは自室に彼女を招待します。「人形のエミリーが動く現場を押さえる」という、ごっこ遊びを熱心に試します。お話の世界に引き込まれ、アーメンガードは、セーラの外見だけではなく、その内面にも魅了されます。

目には何かを待ち望んでいるような謎めいた感じがあって、それがアーメンガードの心を捕らえたのです。

──『小公女』(バーネット、高楼方子訳、福音館書店)第3章

セーラは、明日に対してワクワクし、いわば世の中を肯定しています。そんな前向きさが、セーラと一緒にいると楽しいと、アーメンガードの後ろ向きだった寄宿学園生活を潤しはじめます。

アーメンガードに心を許したセーラは、我慢している一番大きなことを打ち明けます。「父親がいなくて寂しい」と。アーメンガードは、父親のことが大の苦手だけれども、身を置き換えて同情します。そして次のように言って慰めます。

「あたしね、あなたのことが、とってもとっても好きなの!」

──『小公女』(バーネット、高楼方子訳、福音館書店)第3章

と。アーメンガードの純真さが光ります。

これまで、アーメンガードは自分を取り巻く環境を肯定できず、かといって「いや!」と声を上げることもできず、できるだけ縮こまって生きてきました。しかし心の底には、受け流しきれない傷つきをため込んでいます。

アーメンガード同様、セーラにも限界があります。このあと、セーラの父親が死に、彼女は寄宿学園の使用人としてこき使われます。その状況に適応しすぎて、前向きさを演じる彼女の心はどんどん疲弊します。(たとえばその一つのピークに、エミリーを「動ける」と思うことをやめ、「ただの人形」と言って投げ捨てます)。

一方、アーメンガードは使用人になったセーラのことを思い続けます。第8章では、アーメンガードのことを避けるセーラに、「友達でいられないことは、いや!」と、いわば後ろ向きさを爆発させて訴え、セーラの心を溶かす重要な役割を果たすのでした。

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