山びこ通信2019年度号(2020年3月発行)より下記の記事を転載致します。

『英語で味わうシェイクスピアのソネット』

担当 坂本 晃平

 この冬に始まったこのクラスでは、今までにシェイクスピアの『ソネット詩集』(大場建治訳、研究社、2018)から1番、18番、85番、130番の詩を読んできました。80分の授業時間でひとつのソネットを読み終えることさえできていない(!)という、かたつむりも真っ青なほどに遅々としたペースです。『ソネット集』には合計154篇のソネットがおさめられているので、読破するには山の学校を毎週無休で開くとしても154週間、これは年にして3年以上も掛かってしまいます。とはいえ『ロミオとジュリエット』に出てくる某神父の ‘Wisely and slow, they stumble that run fast.’ という金言の通りに、急いて事を仕損ずることがないように、ゆっくりとじっくりとテキストを読んでこそだと考えています。

さて、毎回のクラスでは文法の解説や意味の把握はもちろんのこと、それぞれの詩における言語表現の特色に注目していきます。具体的には、詩の中で語られていることと詩のことば遣い、言い換えると内容と形式との相関関係を見ていきます。そしてその際のコツは規則からの逸脱を探すことです。少しだけワザをお見せしましょう。ここでまず、ソネットの規則のひとつに弱強五歩格、つまり弱い音と強い音との繰り返しが5回つづくというものがある、ということを了解してください。その上で、たとえば85番のソネットの最後の二行連句のうち強い音を太字にして書いてみると、

Then others for the breath of words respect,
Me for my dumb thoughts, speaking in effect.

だから、彼らの詩は口から出た言葉として遇したまえ、
僕の思いは口には出さねど心で語る愛の真実。(大場訳)

となります。1行目では細字(弱)と太字(強)とが規則通りに5回繰り返されている(五歩格)一方、2行目ではてんでばらばらなのがお分かりかと思いますが、これにより1行目ではソネット本来の流れるようなリズムで書かれているのに対し、2行目ではそのとうとうとしたリズムの規則は破壊されていて、言いよどんでいるような感じが出ているのです。以上がこの詩の形式的側面です。そこで内容の方に目を転じてみると、85番は上の引用部の翻訳からも分かる通り、「僕は口下手で上手い詩を書けないから黙っているのだけれども、心では他のどの恋敵の詩人たちよりも君を愛しているんだよ」という語り手の詩人の告白がつらつらと書かれたものでした。そして驚くべきことに、恋敵である上手な詩人たち(others)について話している1行目は形式面も流麗そのものであるのに対し、自分(me)語りの2行目はどもるような調子です。ここには恋敵の詩人たちのさわやかな弁舌と語り手の詩人自身の口下手さとの、内容ばかりではなく形式にもよっても表現された見事な対比があるのです。

ここからさらに踏み込めば、 ‘breath’ という単語には「発言」(OED 9)という意味ばかりではなく、一般に使われている息=「吐かれた空気」(OED 3) という意味もあります。そして息は吐かれた瞬間に周りの空気と混じわり失われてしまうばかりでなく、軽いものであるというイメージもありますから、上の引用の1行目で歌われている恋敵の詩人の言葉(‘the breath of words’)には儚いもの、ともすれば軽薄なものというイメージが付きまといます。この儚い感じ、軽薄な感じは、ある意味1行目の流れるような形式とあっているかもしれません。というのも、1行目の流麗さは規則通りで引っかかるところがないリズムに由来するのですから。特徴がなくありふれたものは記憶の中ですぐにうつろい忘れられてしまうものです。それに対して、2行目においては語り手の詩人の語られない思い(‘dumb thoughts’)の周辺に強い音が連続することによって、その思いに重さというか内実が与えられている印象を受けますし、リズムの面で破格的であることからも1行目よりもよりよく記憶に残ることは明らかです。ここに恋敵の詩人たちと語り手の詩人との間の上下関係の見事な転覆が隠されているのです。他の上手な詩人たちの詩は忘れ去られ、語り手である「下手くそな」詩人の詩は記憶されるでしょう。そしてこのことは実にシェイクスピアが文学史上で成し遂げたことそのものでした。(「僕は詩が下手だから黙っとくもん」とか言っちゃってこんな上手い詩を書くのだから、シェイクスピアはとても嫌味でひねくれためんどくさい性格の人間だったに違いありませんね!)

閑話休題。上の2行、そして85番全体についてはまだまだ言いたいことがたくさんありますが、全部ここに書いてしまうと商売あがったりなので、ここあたりで筆を納めさせていただきます。とにもかくにも、このような調子でああでもない、こうかもしれないと言いあいながら詩を味わうとなると、そりゃあ80分ではとうてい終わらないなあと思った次第です。

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