『ロシア語講読』クラス便り(2020年3月)

山びこ通信2019年度号(2020年3月発行)より下記の記事を転載致します。

『ロシア語講読』

担当 山下 大吾

 この一年間の当クラスは、以前と引き続き、基本的にGleb Struve編集のロシア語読本に収録されている短編を読み続けております。その内容はドストエフスキイの『ボボク』、トルストイの『三人の隠者』、レスコフの『補綴工』、チェーホフの『眠い』と続いてきましたが、19世紀の主要作家として欠かすことのできないレールモントフの作品が未収録でしたので(Struve自身は読本の序文でその理由を明らかにしています)、彼の代表作である『現代の英雄』所収の一篇で、鷗外も『ぬけうり』の邦題で独訳から重訳していることで知られる『タマーニ』を補足として読み終えたのが丁度昨年末でした。この1月からは読本の作品に戻って、ソログープの『囚われの身』を読み進めております。受講生はTさんが通年で、Nさんが主にトルストイ講読時にご参加下さいました。Tさんの一コマ80分間で読むテクストの量は、読みの精度はそのままあるいはそれ以上となりながらも、以前と比べ格段に増えてきたようです。
 墓の中で朽ち果てていく死者達が、生前そのままの強烈な個性を発揮しながら、それらに相応しいどぎついほどの口調でストーリーが展開していく怪奇的な『ボボク』、生粋のロシア人にも拘らず、なぜかフランス風の名前を看板に掲げている商人がその理由を物語る『補綴工』など、選りすぐりの作品だけにそれぞれ面白く興味深い作品でしたが、その中でも『三人の隠者』が特に印象に残っています。
 トルストイと言えば第一に挙げられる『戦争と平和』や『アンナ・カレーニナ』などの長編の重厚な世界とは対照的な、彼のいわゆる「転向」後の作品に属するものですが、北ロシアに伝わる伝承を基に、真の信仰の姿が、一読してまざまざと目に浮かび上がる小品です。その効果を高めている要因の一つは明らかに簡明率直な文体で、読本の中であくの強い『ボボク』の直後に配置されていることは、単なる年代的順序を超えた編者の意図が感じられるように思われます。