西洋古典を読む(2018/11/1,8)

福西です。

二週分の報告になります。『人生の短さについて』(セネカ、茂手木元蔵訳、岩波文庫)の13章と14章を読みました。多忙な者(occupatus)と暇のある者(otiosus)が対比されます。

A君の要約です。

13章

将棋とか球技とか、日光で体を焦がすとかに熱中して人生を浪費する者もいる。些細なことを楽しんでいる者も暇のある人間ではない。例えば無益な考証の研究にとらわれている人々である。ギリシャ人にはイーリアスかオデュッセイアどちらが先かとか、オデュッセウスが抱えていた漕ぎ手は何人であるかとかをとっつきまわす癖がある。この余計な事を学ぼうとする無駄な研究がローマ人の中に入り込んでいる。無駄なことを論じている人々は事柄を誠実に語っていることは認めるし、論者が自分の書いていることを保証しているが、このような知識がだれの過失を減らしてくれるか。誰を勇敢にし、誰を正しくし、誰の欲心を抑えてくれようか。

14章

英知に専念するものが暇のある人である。彼らは自己の生涯をまもっているだけでなく、あらゆる時代を自分の人生に付け加える。かの聖なる見識を築いた人たちは我々のために生まれたのであり、われわれのために人生を用意してくれたのを知るだろう。われわれはどの時代にも入れてもらえる。人間的な弱点の隘路を抜ければ、自由な時間がたくさんある。多忙な者たちは何ほどの人間に会えるであろうか。真の職務とはもろもろの学芸の巨匠たちを最も親しい人たちとした者たちであろう。学匠は留守にすることなく、近づく者を幸福にし、どんなものにも手ぶらで帰らせないであろう。昼夜問わずどんな人間にもあってもらえるのであろう。

要約と音読をして、テキストの内容を把握したうえで、議論に移りました。セネカはこう書いているけれども、むしろこう思うとか、セネカ自身はそれが実践できていたのだろうか? とか、作者に遠慮のない突っ込みを入れたりして、時を忘れました。

13章では、知識を得る行為が、純粋な興味に発しているというよりも、「おれは知っている、あいつは知らない」という類の優越感に浸ることが目的になっている場合を、時間の無駄遣い、ととがめています。「知らないことは何一つない」状態を目指すような勉強は、ソクラテスの「無知の知」が指さす哲学の方向「知れば知るほど、知らないことが出てくる」とは逆を行くことになります。

14章では、英知はサピエンティア(sapientia)の訳ですが、ここでは主に、過去の哲学者、その書き残した本のことです。本を読むと、書いた人の時間をもらうことができ、人生が長くなる、という足し算の考えです。また、書いた人の知見という、過去の光のおかげで、現在同じ過ちで時間を消費しなくてすむのだ、と。歴史を学ぶことも大いに長生きに通じることだと思います。

そして、忙しい生身の人間には、用事だったり、居留守だったり、二日酔いだったりして、邪険にされることがありますが、本にはそういうことがなく、いつでも開けたとき、賢者と会うことができます。

そのあと、たくさん歴史の話をA君がしてくれました。都市や国家のアイデンティティーの問題を中心に、キリスト教、イスラム教、分裂と再統合を繰り返すヨーロッパや中央アジアの国家、ポーランドのことが話題になりました。

A君が最後に、次のような主旨で話してくれたことが印象的でした。

「(歴史を学ぶことは)過去にいろいろあった、けれども、いっしょに『前』に向かっていくことだと思う。あれがいや、これがいやだから分裂、分裂では、結局、個々に力を失って失速することになる」

と。

グループの感情的な行動・反動には、「もし自分がそこに居合わせたら、きっと自分も同じことをしてしまうだろう」という配慮が必要です。けれども、感情的な行動を人生の主題・目的に据えてしまうことは、人生を短くするだろうとも思います。

正当性を得るために過去を掘り返し、「あの時にあんなことをやられたから」やる、またそれに対して、もっと過去を掘り返しやり返す……という、「自分が勝つまで」の連鎖では、歴史の勉強ではなく、歴史の酷使にあたるでしょう。テキストにあった「人間的な弱点の隘路」という言葉からしても、その「自分が」から抜け出すことはきわめて難しい、まさに「隘路」というわけです。しかし、その隘路の先には、自由がたくさん待っている、それを過去の哲学者は指さしている、ともテキストからは読めます。

このように、A君の言葉から歴史を学ぶことの深さを教わり、はっとなりました。

A君は『イーリアス』にも興味があって読んでいるそうです。それに描かれているアキレウスのプリアモスに対する驚き(プリアモスが息子の遺体を返還してもらいに、トロイア城を抜け出してアキレウスの陣地へ赴きます。そのことに驚いたアキレウスもまた、自身の父が自分の死んだ後に悲しむだろうことを連想して、遺体を返還します)も、上記のどこかにつながっているのだろうと思います。