西洋古典を読む(2018/6/20)

福西です。

セネカ『人生の短さについて』(茂手木元蔵訳、岩波文庫)の2章を読みました。

セネカは次のような主旨のことを述べます。

・自分の時間の耕し手(cultor)には自分こそがふさわしい。

・AはBの時間を耕し、BはCの時間を耕し…というのは、お互いの人生を短くしあっているだけ。

・自分の時間に対する世話を、本人がしないくせに、他人がそれをしてくれないといって、文句を言うのはおかしい。

内容を確認した後は、セネカの生き方について話題が及びました。

それで、テキスト末尾にあるセネカの略歴を読みました。それにA君がコメントする形で、A君の知っていることをいろいろと話してもらいました。(たとえば、ローマの海軍士官には解放奴隷が多かったこと)。

「アグリッピナの死の報告文を、実際にはセネカ自身が書いたであろうことはひどいなあ」「近衛隊長ブッルスの死は、セネカにとっては、盾がなくなったようで、痛かったね」という意見で盛り上がりました。

以下、私のメモです。

【要約】

人生は使い方を知れば長い。多くは他人の運命を生き、他人に利用され合っているだけだ。そして自分の運命を生きていないことを嘆く。自分で生きた期間は人生、それ以外はただの時間である。

【心に残ったフレーズ】

「人生は使い方を知れば長い」(2.1)

「次から次へと新しい計画に飛び込んでいく」(2.2)

「そのほかの期間はすべて人生ではなくて時間にすぎない」(2.2)

「互いに他人のために利用され合っているだけだ」(2.4)

「君は、かつて一度も自分自身をかえりみ、自分自身に耳を貸そうとはしなかった。」(2.5)

「君は他人と一緒にいたくなかったろうし、といって君自身と一緒にいることもできなかったろう」(2.5)