西洋古典を読む(2018/6/13)

福西です。

このクラスは6月から仕切り直しとなります。新しい生徒S君と、セネカ『人生の短さについて』(茂手木元蔵訳、岩波文庫)を読み始めました。S君は中学1年生です。歴史に主な興味があり、ローマ史を紐解くうちに、セネカの著作を読みたくなりました、と希望されました。

初回は、第1章(テキストp9~10)を読みました。音読し、互いの要約を見せ合い、そして語彙を確認し合いました。

語彙は、S君には日本語訳の単語について意味を調べてきてもらい、それを教えてもらいました。その後で、私からは日本語訳と原文とのすき間を埋める説明をしました。

たとえば、テキストに「人生」とある箇所は原文ではvita(ウィータ)です。それはテキストの注にある通り、「人生」のほかに、「生活、生、生命、生涯」と訳される可能性があります。また、ヒッポクラテスの『箴言集』1.1「生は短し、術は長し」については、「術」(テクネー)は、芸術のことではなくて、技術また医術だとチェックしました。

 

内容については、以下の発見がありました。

「『自然は、動物には長い寿命を与えたのに、人間には短い寿命しか与えなかった。もしこれが逆だったら、人間は偉大なことをもっと完成させれられるのに』という恨み節は、賢者にふさわしくない」という主旨の文章がありました。

それについて、S君は、「動物の寿命が長いというのは、逆ではないのか?」と疑問を投げかけました。

「植物ならわかるけれど、動物とあるのはなぜなのか。亀でもない限り、平均寿命は人間の方が動物よりも長いはずだ」と。言われてみて、確かにと私も思いました。

セネカが(記憶で)アリストテレースの言葉として引くこの個所(1.2)は、注ではキケロ―『トゥスクルム荘対談集』3.69を見よとありました。そこで、実際開いてみました。すると、キケローもまた、それにあたる内容に、テオプラトスの言葉を引いていました。

その箇所をざっと読んでみました。しかし文脈が分かりません。それなので、前よりちょっと分かった「ような気」がしました。これは私も一緒なのですが、この「ような気」は、「結局わからない」ということでした(笑)。

でも、一読で結論を急ぐ必要はありません。「ペンディング」という道草を楽しめたら、それでいいと思います。

 

S君から、長生きのよしあしという話が出されました。S君は、「人間は150才以上生きると、それまでの記憶が重荷になるから生きづらくなる。なぜなら、いいことよりも悪いことの方を覚えているものだから」という逆説を提示してくれました。

 

また、一章を俯瞰して、「セネカはお金にたとえることが多いですね」というのが、S君のこの日一番の感想でした。

ズバリ、その通りです。セネカはこのあとも積極的に「無駄遣い」や「節約」という比喩を使っています。

そこから、S君の話が続きました。「逆説と言えば」と前置きし、大航海時代以降のスペインの没落(重金政策)や、それを逆手に取ったオランダの中継貿易の隆盛、ドイツで起こったインフレの話を私に説明してくれました。

S君が言うには、「スペインは、赤字解消に必死なあまり、諸外国に銀を『高く買ってもらおう』として、買い手がつかず損をした。一方オランダは『安く売ってあげよう』として、買い手がついて儲かった」と。その逆説が面白くて、私の印象に残りました。S君の結論としては、「国家は、金や銀、紙幣を持ちすぎてはいけない。ほどほどでないといけない」ということでした。ほかにも戦争に肩入れしたせいで破産した富裕層の例など、私の知らないことがたくさんあって、勉強になりました。

 

また「ほどほど」という観点で、セネカの時代のクラウディウス帝、カリグラ帝、ネロ帝といった、度を越した暗君に話が及びました。

そこでS君は、皇帝、軍隊、元老院、民衆のパワーバランスについての「面白さ」を熱く語ってくれました。

「皇帝と元老院とは仲が悪いんです。そして、皇帝は軍隊と仲がいい。でも最後は皇帝は軍隊に裏切られる。元老院(貴族、富裕層)は民衆を味方につけやすい。でも民衆は『皇帝万歳』と支持する。(敵同士が仲間になるみたいで)面白いですね」と。

さらにS君は、富裕層と民衆が協力する例として、アメリカの独立戦争のエピソードを話してくれました。

そこで、イギリスの雇ったドイツ傭兵がクリスマスに油断して酒を飲んだところを襲われ、独立軍に負けた話を楽しく聞かせてくれました。「『あのドイツ傭兵が負けた』という噂が広がり(実際は酒に酔っていたのだけれど)、独立軍が本当に勝つところまでいってしまった」と。

負けると思っていなかったイギリスがアメリカに独立され、その前だとスペインの無敵艦隊がイギリスに破られ、と前評判が覆されることは、歴史の教えるところです。

S君曰く、「結局、(一点張りではなくて)バランスが大事なんですよ」と。それについて、私からは「それは、アリストテレスやストア派の哲学者の大事にした『中庸』ですね」とコメントを添えようとしたところで、時間になりました。

 

「しかし、われわれは短い時間をもっているのではなく、実はその多くを浪費しているのである。人生は十分に長く、その全体が有効に費やされるならば、最も偉大なことをも完成できるほど豊富に与えられている。」(1.3)

 

『人生の短さについて』という古典の枠組みがあればこそ、その中で拝聴できるS君の歴史講義が、ますます楽しみです。次回もよろしくお願いいたします。