「山びこ通信」2017年度春学期号より下記の記事を転載致します。

『数学が生まれる物語を読む』

担当 福西 亮馬

 『数学が生まれる物語 数の誕生』(志賀浩二、岩波書店)を読んでいます。この稿を書いている時点でp32まで進みました。「1,2,3,…」と指折り数える動作が自然数と対応すること、また「…」という素朴な表現の中にすでに「無限+1=無限」という捉えがたい概念が潜んでいることを垣間見ました。
 筆者は、私たちの精神の中には無限、すなわち「どこまでいっても終わりがなく数えきれない様子」を認識するための、いわば「一筋の明るさ」が内包されていると注意を喚起します。そして「数学的な考えが,私たちひとりひとりの中に誕生してきたのは,このような光の中からである」(上掲p2)と述べ、数学の旅、すなわち帰納と抽象化の歴史へと読者を誘います。

‛指折り数える’という行為に関しては,数はどこからはじめても均質な様相を呈している.この均質さを崩さない限り,数は次から次へ続くというとぎれることのない連鎖によって,1からはじまって,どこまでもどこまでも,無限の彼方へと延び続けていくのである.──上掲p23

 その道中で「ペアノの公理」という抽象的なアイデアに触れました。その新しさは、どの自然数にも共通の性質をいくつかのルール(公理)として抽出したことにありました。無限集合(無限個の数の集まり)である対象を有限の言葉でつかまえる、これは驚くべきことだと思います。
 また自然数が足し算とかけ算について閉じていることを見ました。「閉じる」とはどういうことかというと、自然数という世界の中からどんな2つの数を持ってきても、その足し算やかけ算の結果もまた同じ自然数の世界の中に見つかるということです。このように、ある演算の結果が、考えている数の世界の外に出て行かないことを、その演算について「閉じる」といいます。

(図1) M君が調べあげたあみだくじの演算結果

 その有限な例として、あみだくじを取り上げました。たとえば3本の縦棒を持ったあみだくじは、上側に書かれた「123」を下側で「213」などに(1対1対応で)並び替えます。このようなあみだくじの集合を考えます。それは6種類(a~fとします)あります。そしてあみだくじを上下につなげることを仮に「かけ算」と呼ぶことにします。そして6種類のうちから任意の2種類を選んでかけ算し、可能な限り新しいあみだくじを生み出すことを考えます。すると結果はどうなるでしょうか。実は6×6=36パターンのすべてが元の6種類のどれかに落ち着きます(図1参照)。つまりあみだくじでは「上下につなげること」について「閉じている」ことが分かりました。(またこのあみだくじの例を通して、自然数のようにab=baという積の交換法則が成り立たない集合が存在することも確認できました)。
 そして、同じことを無限集合である自然数でも考えます。先の引用文には「均質さを崩さない限り」とありましたが、指折り数える(+1する)ことによって構成された無限集合が、+1とは基本的に別の演算である足し算やかけ算についても「閉じる」ことは、一見自明でもあり、不思議なことでもあるように思います。
 さて、授業の形式は、最初のうちはまだ講義に比重を置きましたが、春学期の途中からは、テキストを読んで発見したことや疑問に思ったことを生徒たちから先に発表してもらい、後で講師がフォローするという形式を取っています。M君には「あみだくじ」について考察したことを報告してもらい、Eさんには「ピタゴラス」「加法と1+1=2の証明」「複素数」について発表してもらいました。そのようにホワイトボードの前に出てきて、先生の代わりに誰かに説明することで自分の理解をさらに深めたり、時に学校で得た知識を体系化する場としても、クラスを大いに活用してほしいと思います。

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