『ロシア語講読』クラス便り(2017年2月)

「山びこ通信」2017年度冬学期号より下記の記事を転載致します。

『ロシア語講読』

担当 山下 大吾

 今学期の当クラスは、前号でもお伝えしましたが、プーシキンの『スペードの女王』を読み進めております。受講生は引き続きTさん、Nさんのお二方、それぞれ綿密な下調べを経たノートを目の前に、疑問点などを細かく控えられた上での講読で、その姿勢には毎回感銘を受けております。文法項目やアクセントの位置の確認、登場人物の心理的背景などそれぞれの「読み」の解釈を踏まえながら、その日のテクストを一通り読み終えた後、プロの役者によるロシア語の朗読を聞いて終了という流れになっております。前学期途中から取り組み始めましたがあと数回で読了の目途が付きました。次はお二方ともご相談の結果、同じプーシキンの『ベールキン物語』の各編を予定しております。
 作者はロシア文学を代表する詩人、その内容や話の筋も神西清の名訳などを通して広く知られたものであり、その面白さは折り紙つきと言ってよいほどですが、ロシア語の原典に触れてみると、名手プーシキンの実力がいかんなく発揮された、名作の名に相応しい作品であることに改めて気付かされます。勝利をもたらす3枚のカード「3、7、1」のそれぞれの数字が、作品のいたるところに様々な形で散りばめられており、そのトリックを解く楽しみもなお残されているでしょう。ロシア語のスタイルに目を向けると、ある時には統辞的に単純な、事実を淡々と述べる短い文が連続して長々と織り込まれることで独特の緊迫感が生み出され、一方で主人公ゲルマンの老伯爵夫人に件のカードの秘密を解き明かしてくれるよう懇願する場面では、弁論術のお手本とも言うべき技術がたっぷりと駆使され、重厚なスタイルで感情や熱意が吐露されています。その他散文の中に現れる韻律に乗った言葉、伏線として巧妙に配置されたキーワードなど、生来の詩人としての才を窺わせる箇所を見出す喜びもまた忘れられません。
 読後の感想をお二方に窺うと、以前に取り組んでいたチェーホフと比べてやや難しいとの言葉を頂きました。確かに露和辞典はおろか通常の露露辞典にさえ載っていない語も散見し、また舞踏会や賭け事の作法など、我々日本人にはなじみの薄いテーマにも取り組まざるを得ません。しかしそのような言わば外見的な側面を除いてなお残る、両者のロシア語の本質的な相違には、考えるべき問題が数多く残されています。