「山びこ通信」2016年度秋学期号より下記の記事を転載致します。

山の学校ゼミ『社会』

担当 中島 啓勝

 この授業では、海外のニュース解説と課題図書の講読を二本柱に、政治や経済、文化など、多岐にわたる話題を取り上げて受講者の皆さんと議論を重ねています。現在、受講生は社会人四名です。このメンバーになってから既に二年ほど経ちますが、皆さん週に一回のこの授業を楽しみにしてくださっているようです。勉強会と茶話会と異業種交流会を兼ねた、大人の集まりと言ったところでしょうか。紛争や経済危機など生臭いニュースについて話し合っている割には、和気あいあいとした雰囲気で授業を進めています。
4478067023 課題図書の講読では、これまでは歴史に関する本を取り上げることが多かったので、今回は哲学関係の書籍、しかも現代的なテーマを扱ったものを、と考えました。そこで選んだのが、岡本裕一朗の『いま世界の哲学者が考えていること』(ダイヤモンド社)です。岡本さんはフランスやドイツの現代思想を中心に領域横断的な研究をされている哲学研究者です。この本で岡本さんは、いわゆるポストモダン以降の哲学潮流を生中継的に紹介しながら、人工知能(AI)や遺伝子工学、テロ、金融資本主義など、様々な現代の難題について哲学者や思想家たちがどのようにアプローチしているのかを概説しています。フーコー、ドゥルーズ、デリダら現代思想のスターよりも更に若い、「21世紀最先端」の哲学者を紹介している点が特徴です。受講者の方々は「フーコーって、一応名前くらいは聞いたことはあるけれど・・・?」「ポストモダン以降って・・・まず、ポストモダンって何?」くらいの前提知識で、マルクス・ガブリエルやカンタン・メイヤスーの議論について読むというかなり無茶なことに挑戦しています。正直に告白すると、解説している僕もまだまだ不勉強な領域で、どこまで正しく内容を解きほぐせているか怪しい状態です。しかし面白いことに、これまでこの授業で取り上げてきたニュースとこうした哲学的議論が決して無縁ではないこと、いやむしろ極めて密接に繋がっていることがわかってくると、抽象的で難解だと思われた現代哲学の先端研究が単純に「浮世離れ」しているわけではないのだということを皆さんにも感じてもらえているようです。
 ほんの数年前まで、超大国アメリカが次代のリーダー選びにこれほど混乱する時代が来ると誰が予想したでしょうか。いかに未曽有の危機だったとはいえ、リーマン・ショック以降のグローバル経済がここまで深刻な長期停滞を迎えることになると、どれだけの人々が断言できたでしょうか。イギリスの国民が僅差とはいえ自らの手でEUとの関係を見直すことを選ぶとは、当の本人たちでさえ思ってもいなかったでしょう。数年前にベストセラーとなった、ナシーム・ニコラス・タレブの『ブラック・スワン』(ナタリー・ポートマン主演の映画ではありません、経済についての本です)ではないですが、我々は黒いハクチョウをこの目で見るまではハクチョウは全て白いものだと思い込んで疑いもしません。しかし、ひとたび黒いハクチョウが出現するやいなや、我々はその現実と共に生きなければならなくなる。だからこそ今のような時代には哲学が求められているのだと思います。ただ知ればいいのではなく、何を、どのように知ればいいのか、それ自体を考えることの重要性を肝に銘じながら、これからも皆さんと議論を深めていくつもりです。

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