ことば3~4年(補足)

福西です。

先週に中谷宇吉郎の文章(『立春の卵』)を紹介しましたが、寺田寅彦や中谷宇吉郎の本を読むと、将来の日本人のために、論理的な物の見方を身に着けることを、それまでの日本の良さを保持しつつ根付かせることについて、いかに心を砕いていたかが伝わってきます。

中谷宇吉郎は、人工雪を作り、「雪晶の形を決めるパラメーターは、温度と湿度である」ことを示した物理学者です。その有名なナカヤ・ダイヤグラムを修正した、小林禎作という科学者が、『雪の結晶はなぜ六角形なのか』(小林禎作/著、ちくま学芸文庫)で、以下のように書いています。

スコレスビー、グレイシャーの図にも人為的な様式化は見られるにしても、そこには観察したままを克明に、できるだけ忠実に描こうとする目が、「科学は観察にはじまる」とする思想に育てられた西欧科学者の目が感じられる。

いっぽう利位(としつら)の雪華図には、たしかに雪の結晶形の特徴をよくとらえ、単純化に成功している例もある。単純化によってその本質をみきわめることも大事ではあるが、利位の単純化はかならずしもその方向にそっているとは思えない。彼の図から感じられるのは、やはり雪月花をめでる自然愛好家としての日本人の目である。

(終章「だれがはじめて雪の六方対称に気づいたか」)

スコレスビー(ウィリアム・スコアズビー1789-1857)は捕鯨業者、北極探検家。グレイシャー(ジェームズ・グレーシャー1809-1903)は気球を使った気象学者です。利位(土井利位1789-1848)は江戸時代の古河藩主です。

引用文にある二つの「目」。その両方を持つことを、私たちは、ねばならぬというよりは、できるということで喜びたいと思います。それが今の日本にいるメリットであり、それを持ち合わせた時、新しい境地が生まれるように思います。

私の授業ではなかなか実践が伴いませんが、その方向性だけでも、生徒たちにはその目で見つめてほしいと考えています。

 

土井利位『雪華図説』(1832)、写真はwikipediaより。

1280px-sekka_zusetsu

スコレスビー”An Account of the Arctic Regions and Northern Whale Fishery”(1820)の図版(96種類)はこちらのサイトで閲覧できます。