山の学校ゼミ『社会』(クラス便り2015年11月)

山びこ通信2015年度秋学期号より下記の記事を転載致します。

山の学校ゼミ『社会』

担当 中島 啓勝

 四名の生徒さんと一緒に勉強しているこの授業ですが、現在のメンバーになってから既に一年近くがたちました。お互い気心も知れてきて、ある種のチームワークみたいなものも出てきたように感じます。ある方が基本的な部分での質問を投げかけてくれたかと思えば、またある方は絶妙なコメントで議論を盛り上げてくださり、和気あいあいとしつつも非常に刺激的な時間を送っています。講師であるはずの僕も楽しませていただいており、何だか申し訳ないくらいです。僕が毎週紹介している時事ニュースは確かに生徒の皆さんにとって新鮮な情報でしょうが、そのニュースに対する反応や感想からは、これまで社会人として各所で活躍されてきた皆さんだからこその含蓄がうかがえます。教える側と学ぶ側というよりは、話題提供する側と議論を広げる側、そして最終的には全員が一つのテーマを共有しながら話し合うという非常にフラットな場が維持できているのではないかと秘かに自負しています。しかし、メンバーが一定になるとどうしても授業展開がマンネリになり停滞感も出てきてしまいますので、今後は取り扱うニュースも政治経済関連ばかりでなく、映画やスポーツなどの文化面も織り交ぜるようにしていきたいと考えております。

 ここ最近取り上げることの多い話題に、EUに関する問題が挙げられます。ギリシャの債務危機やシリアを中心とした地域からの難民問題、そしてフォルクスワーゲン社の不正ソフト事件など、ヨーロッパに激震が走っている訳ですが、こうしたEUにまつわる出来事の中心には必ずと言っていいほどドイツという国がいます。我々日本人とよく比較され、どこか近い国民性や文化を持っていると言われることもあるこの国ですが、2015年現在、グローバル化の中で日本とドイツが置かれている位置は随分と違っているように見えます。大国としての顔を本格的に見せ始め、EUの指導的立場を担おうとするドイツ。アジア最大の経済大国としての地位を中国に譲り渡し、アジア太平洋地域の新しい地域秩序にどう対応していくべきか模索している日本。我々はドイツのことをあまりよくわかっていなかったのでは、そして、だとすると、ドイツに似ていると思っていた自分たちの国のことも、あまりよくわかっていなかったのでは、という気持ちになります。この授業ではこれからも、世間一般で考えられているイメージにとらわれず、様々なニュースに触れることで、世の中で起こっていることの背後にある「流れ」を掴めるように学んでいきたいと思っています。

 この授業では、時事ニュースの解説と並ぶもう一つの軸として、課題図書の講読を行っていますが、現在は佐伯啓思の『20世紀とは何だったのか 西洋の没落とグローバリズム』(PHP文庫)を一章ずつ読み進めています。著者が思想、哲学、歴史など様々な知識を縦横無尽に駆使して20世紀の大きな見取り図、「ビッグ・ピクチャー」を提示する野心的な一冊です。元々は京都大学での講義をまとめたものなので文章は話し言葉に近く読みやすいのですが、学的厳密さより「大局」を掴むことを目的としたこうした本は簡単には理解を許してくれない、ある種の難しさがあります。しかし、「流れ」「大局」に対する感受性を高めていくことこそが、混迷を極める今のような時代には必要ではないでしょうか。