『ラテン語初級文法』B 『ラテン語初級講読』(A・B・C)

担当 山下大吾

 今学期の文法クラスは土曜午前に開講のBクラスが継続され、晩秋へと移りつつあるお山の清々しく明るい環境の中で勉学が営まれております。前学期で取り組んだ第三変化の名詞や形容詞に引き続き、今学期もこれまでに形式受動態動詞や接続法というラテン語学習上の二つの尾根を無事乗り越えました。受講生のCuさん、Tさんお二方共に予習復習を怠らず、疑問に思われた箇所や他の機会に触れられたラテン語の例を度々ご質問下さるなど授業は毎回刺激に満ちており、指南役としてこれほど有り難いことはありません。無事ゴールを迎える瞬間を今から楽しみにしております。

講読クラスは引き続きAクラス、Cクラスではそれぞれキケローの『アルキアース弁護』と『友情について』を、Bクラスではホラーティウスを読み進めております。Bクラスでは前号の『山びこ通信』でその予定をお伝えいたしましたが、彼の『書簡詩集』をすべて読み終えたばかりのところです。足掛け二年強という期間での計三巻、1968行の詩行の読了となりました。ホラーティウスという詩人の魅力もさることながら、受講生のCaさん、Mさんの毎回の授業にかける情熱をまって初めて可能となった読了です。この号がお手元に届く頃には『諷刺詩集』を読み進めている予定です。

Oderunt hilarem tristes tristemque iocosi, / sedatum celeres, agilem navumque remissi.「嫌うんだな、陰気な者たちは陽気な人を、冗談好きの者たちは陰気な人を、/ 迅速な者たちはもの静かな人を、無気力な者たちは活動的で勤勉な人を」(『書簡詩』1.18.89-90)-「そこに犬がいる」など、我々の母語である日本語では特に単数複数の区別を表さず、むしろそれらを明確にしようとするとかえってそちらに意識が傾いてしまい、対象のイメージが歪められ、往々にして不自然な表現になりかねませんが、この詩行では嫌うという感情を抱く主語は複数、嫌われる対象の目的語は単数になっています。目的語が複数になっても韻律上支障は生じず、ホラーティウスは明らかに意図的に目的語を単数にしていることが見て取れます。「嫌う」というその性質上決して好印象を抱かせることのないものの、人間の本来有する根源的な感情の引き起こす、決して無視できぬ重要な本性の一つがここに顕れているようです。

ある人々は大挙して、自らとは相反する性格の人にその陰湿な感情を注ぎ込むが、その人は一人ぼっちで助けがない。ところが事態が変わり主客反転すると、全く同じ感情が同様の陰険さで、逃げ場のない一人の対象に向けられる(目的語はいずれも、文頭の「嫌う」Oderuntという動詞とそれぞれの主語に挟まれる構成になっています)。いずれにせよ嫌われる人、非難の矛先に立たされる人は、それがどのような人であれ常に弱く、注視され易い孤独の立場に追い込まれる。中庸の徳を信条とした彼ならではのバランス感覚が捉えた詩行の一つといえるのではないでしょうか。

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