明日、小学生対象の勉強会を開きます。すでに座席表もつくりました。人数が14名なので、幼稚園の園舎を使います。先生は浅野先生と小林先生に来ていただきます。わたしも全体の様子を見守ります。

この取り組みの趣旨について、小学生会員のご家庭には以下の内容をお知らせしました。実りある取り組みになることを願っています。

「勉強会」立ち上げの趣旨

「学校の説明はわからなかったけれど、兄姉ちゃんの説明はもっとわかりやすい」と言ってもらえたら、だれだってうれしいです。そうして教えてもらった喜びは、必ず年下の誰かに伝えたいというのが人間の本能だと思います。「山の学校」はそのチャンスを提供したいと思います。

将来「なぜ勉強するのか?」という疑問に芽生えたとき、「勉強は自分のためだけにするものではない」(社会的な意義のあるのことだ)と胸を張って答えてもらいたいと思っています。(自分のためだけに学ぶ人は、どこかで「なぜ学ぶのか?」と悩むのではないでしょうか)。

山の学校では、通常のクラスとは別に、今後様々な形で生徒相互の、とくに「縦割り」の学習環境を提供することを検討しております。

今回企画した「自学自習の場」では、先生は個々の質問に対応する「相談員」ではありません。子どもたちは、原則として年上の生徒にわからないことを教えてもらい、逆に、わからないことを年下に教える。これが参加者のルールです。

教え好きの生徒はどこまでも他人の世話をするでしょう。そしてじつは大切な何かを学び、身につけていきます。要領のよい子は、上手に他人からわからないことをたっぷり教えてもらって家に帰るでしょう。どちらがよい、という問題ではなく、そのような「自学自習」の経験を積むことが子ども時代には大切であると考えます。

生徒同士でらちがあかないときにはどうするか?先輩(最終的には先生)の出番です。答えを上手に教えてもよし、上手にヒントを教えてもよし。そこは山の学校の先生です。うまくその場の経験が子どもたちの心に残る学びの機会になるよう持って行ってくださることでしょう。

保護者のみなさんもお気づきのように、本当の意味で「答えはない」のが世の中ですが、今の日本の教育は「答えがある」という前提に基づきます。せめて、文章を自分で作るとか、議論の場で意見を述べるなどすれば、「同じ答えは二つとない」世界を経験できるのですが、そのチャンスは驚くほど少なく、かつ「無駄」なものとして切り捨てられる傾向があります。

一方、「勉強会」に参加する子どもたちには、「教えることは学ぶことである」という事実を肌で感じると思います。教えるということは、たいへん難しいことです。単に答えを伝えたらよいというのなら、解答集を見せればよいからです。なぜこうなるのか?年下の子どもでもわかるように教えるには相応の苦労がつきまといます。そこが狙い目です。そこにクリエイティブな何かが養われます。

この勉強会が、将来どのような形に発展するかどうかは未知数ですが、9月以降も月曜日を中心に様々な「自学自習の場」を企画し、実践していきたいと考えています。 

山の学校 山下太郎

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