山下です。この日は元々申し込みが少なく(何かのイベントとの兼ね合いでしょうか)、おまけに朝から雨降りでした。早朝から頑張ってきてくれた子どもたちは、始まりの時間までのひととき、寸暇を惜しむように本を読んでいます(山の学校の本棚には面白い本がたくさんあります)。

さっと子どもたちの顔ぶれを見て、私は、よし、いつもと違う取り組みをしようと考えました。それは冒頭の言葉だけを扱うということでした。

冒頭の言葉は今まで耳にたこができるくらい聞き、声に出してきました。でも、掘り下げるという点ではまだまだやることがあります。

そこで、一つ一つの言葉について(たとえば子曰わくの「子」や「曰わく」について)、順番に取り上げながら、子どもたちの考えや感想を聞いていくことにしました。「学びて」の「学ぶ」はどういうことか?「時に」とはどういうことか?(諸説あるようです)。「習う」ってどういうこと?といった調子で進めていきます。実際には漢字の意味の深い部分を論ずるのではなく、「習う」の「習」を使った漢字はどのようなものがあるか?といった話に及びました。

「孔子は「折を見て復習する。それが喜びだ」と言っています。つまり復習(おさらい)は楽しいことだ、と孔子は言っています。みんなも本当にそう思うか?」と聞きますと、一様に首を横に振ります(当然)。

「でもね、」と私。「みんなスポーツをしてるでしょう?(小1のA君は野球を頑張っています。)ダッシュを10本するとき、最初の1本目と最後の10本目のどちらがしんどいかな?」と聞くと、最後だと答えます。「でもね、勉強は逆ではないかな?漢字の書き取りも、教科書の音読も、1回目に取り組む時が一番難しく、本当はやればやるほどスラスラできるようになるね。(6年の男の子に私が手に持っていた「論語」の本を渡して)読んでご覧。(→がんばって音読。ときどきつまる。)ありがとう。あと10回やれば先生と同じくらいスラスラ読めます。そして、最初より何もかもが「軽く」感じられます。

でも、そこで止めてはいけません。できる、と思っても、さらに続ける。毎日、毎日。野球のダッシュも、素振りも1日だけやって終わりとはならないように。毎日、毎日続ければ、勉強もスポーツも最初難しいことが簡単になってくる。その点、勉強もスポーツも同じです。そうして、最初できなかったことが「出来る!」ようになれば嬉しいね。その喜びを孔子は「喜ばしからずや(喜ばしいことではないか)」と言っているのではないかな。」

この調子で最後までやったので、結果的にいつもと同じ時間かかりました。人数が多くても、少なくても、扱う材料が1つでもたくさんでも、私はいつも子どもたちの顔ぶれを見て、その場で何をしようかアドリブで決めてやっています。それが一番楽しいので。こちらが楽しいと子どもたちも楽しく感じてくれるのだと思っています。

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