「山びこ通信(2014年度秋学期号)」より、下記の記事を転載致します。

『山の学校ゼミ(経済)』

担当 百木 漠

 大人向けに経済学の基礎を教えているこのクラスでは、今期からもうひとり参加者が増えて受講者が2名になりました。おふたりとも中島先生担当の山の学校ゼミ(社会)の受講者でもあります。今期は時間帯を水曜日の14時からに移して、中島先生のクラスと連続での授業というかたちにさせてもらいました。受講されているおふたりは、一日に3時間近く(以上)の授業時間になってしまうので大変だと思うのですが、それでもおふたりとも熱心に授業に参加してくださっているのでありがたい限りです。

 授業内容としては、前期と同じく、前半に経済時事ニュースの解説、後半にアダム・スミス『国富論』の輪読をおこなっています。前半の経済時事ニュース解説では、やはり日本経済やアベノミクスの動向が話題になることが多いです。昨年は好調好調と言われていたアベノミクスも、今年4月に消費税が8%になってからは徐々に逆風が吹き始めているようです。当初の目標どおり、デフレは脱却しつつあるものの、今度はいろんなものの値段が上がって、実質賃金がマイナスになっていることが問題になっています。額面上の賃金はアップしていても、物価上昇を考慮した実質収入は11ヶ月連続でマイナスが続いているのです。そうすると多くの家計では財布のヒモを締め始めるので、自然と消費支出もマイナスになります(9月時点で消費支出は5ヶ月連続の減少)。一部の大企業製造業は業績好調なようですが、その他のサービス業や中小企業では昨年よりも業績が落ち込んでいるところのほうが多く、7-9月期にも消費・投資の数字が回復しないことが問題になっています。本当にアベノミクスの狙いは正しかったのかどうかの議論を含めてまで、今後の経済政策の方向性が問われることになりそうです。

 後半の『国富論』の輪読は、10月の前半で第10章まで進みました。『国富論』といえば「神の見えざる手」が有名ですが、実際には『国富論』のなかに出てくる表現では「神の」という単語はついていません。単に「見えざる手invisible hand」という表現がされています。しかも『国富論』のなかではその表現が使われているのは、わずか2箇所だけです。スミスは必ずしも「市場に任せればすべてうまくいく」(自由放任主義)ということだけを主張したのではないですし、「見えざる手」の万能性を主張していたわけでもありません。むしろ、当時の世界経済の情勢に細かく目を向けながら、自然本性にもとづいた経済-社会のあり方を広く構想していたというほうが正しいでしょう。古典を読むのはときに面倒な作業でもありますが、長い目で見れば確実にものを考える力を養うことができます。地道ながら、少しずつ『国富論』を読み進めていければと考えています。

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