勉強一辺倒ではなく、人間としての基本を磨かなくてはならない、というのが孔子の考えの基本にありました。たとえば、家の手伝いを後回しにして勉強に専念できる、あるいは他の習い事に通わせてもらえる、という環境は本当に恵まれたことのように思われます。

しかし、本当の意味でそれは「恵まれた」ことなのだろうか。『論語』を読むと、ふとそのようなことを思います。人間の基本とは何か。親の考え方がここで問われることになります。

同様に、山の学校も、子どもたちの健やかな学びの支援をして参りましたが、私たちも常に上で述べたような「考え方」――人間の基本とは何か――を問われている点で変わりはありません。

一般に「勉強」を名付けられる教科の枠を超えた「学び」の可能性についても、むしろ小学生の場合は特に、このことをより能動的に追求していく必要があるかもしれない、と考えているこのごろです。

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