福西です。

この日は、ひらがなの書き取りの練習も兼ねて、『かるた』作りをしました。1年生のM君の他に、2年生のRちゃんが見学に来てくれたので、二人で作業を分担しました。

DSC02169(表)

DSC02168(裏)

今日は「か」行と「さ」行を作りました。一つ一つは、思いを込めれば込めるだけ時間がかかります。それはそれでとてもよいことだと思います。「大事にすることが大事」だと思います。

次回もし覚えてくれていたら、授業でもすぐに取りかかれるように、お家でアイデアをあたためてきてくれると嬉しいです。(もちろん自分で先々とこしらえてくれてもいいです。その場合、カードの材質や大きさなどは問いません)

 

1年生のM君は、まるで詩のような言葉を書いてくれています。

・・・「めさんゆっくりがんばって。」

・・・「もはいっつもうかんでる。」

はからずも七五調になっていますね。

 

2年生のRちゃんは、複数思い浮かんだ単語を一文につなげるという独創性を発揮してくれています。

・・・「んかくやねのーカスごや」

・・・「かにのったずかちゃん」

・・・「いすでいかを一こたべた。」

「スイスにすいかって、あるのかなあ?」と自問していたRちゃんは、最初「たくさん」としていた表現を、あとで「一こ」としていました。そこが、彼女らしい真摯さであるように感じたので、大事にしたいと思いました。

 

お話は、先週M君からリクエストのあった、『ぶすのつぼ』(日野十成再話 、本間利依絵、福音館書店)を読みました。

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狂言の『附子』の昔話バージョンです。Rちゃんが、「同じ話を読んだことがある」とのことで、そのバージョンを教えてくれました。

Rちゃんの読んだ方/今日読んだ方

1)小僧はたくさん/小僧は二人

2)お皿/かけじく

3)お皿をうっかり割ってしまう/わざとかけじくを破る

4)本当に死のうと思ってぶすを食べる/言い訳の策略としてぶすを食べる

再話した地方や、再現する媒体によって違うバージョンがあるのだと思います。その違いを比べてみるとまた面白そうですね。

 

またそれとは別の観点ですが、今日読んでいて私自身が、「なるほど」と思ったのは、最初の絵に対する二人の反応でした。

そのページには、お地蔵さんの絵が描かれているのですが、「なぜ仏像の方はお寺の本堂の中にあるのに、お地蔵さんの方は外にあるの?」という話題が飛び出し、(私も含めて)三人して想像をめぐらせるひとときがありました。

「こっち(仏像)の方を大事に守っているからかなあ」と言ってくれたり、「(そこに描かれた)松の木のことを好きだから、そこがよかったんじゃないかな」とも言ってくれました。また、「もしかすると下に死んだ人が埋まっているのかもしれない」(お地蔵さんが墓石と同じく石でできていることからの類推)といった発想もあって、「面白いことを言うなあ!」と感じました。

何気なく淡々としているようにも思えますが、みんなで一つの本を囲んで読む時には、いわばミニライブのような、双方向の交流があります。「言葉を介する」という楽しさは、まさにそこにあるように思います。また今日はそのことを、生徒たちのおかげで私自身改めて気づかせてもらったようなひとときでした。

次回は何を読もうかなと楽しみです。

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