昨日は小学生の参加者と一緒に論語の素読に取り組みました。

この日注目したのが、『子曰、見賢思斉焉、見不賢而内自省也』(子曰わく、賢を見てはひとしからんことを思い、不賢を見ては内に自ら省みるなり)です。

「けん」が「賢であること、「ふけん」がその反対の意味であることを確認した上、全体でどのような意味になるかをみなで考えました。

前半はわかりやすいです。問題は後半です。この後半があるからこそ、この一文は意味を持ちます(ラテン語の格言もそういうケースがよくあります)。

普通は「不賢を見ては批判する(軽蔑する)」ということになります。自分は「違う」のだ高をくくります。

しかし、孔子は違います。「内に自ら省みる」ということを本当に意識し、実践できる人はやはり非凡だと思われます。

この一文を心にとめれば、自分が出会う「すべての人」から「何か学ぶことが出来る」とポジティブに思えるはずです。

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