『山びこ通信』2013年度冬学期号より、クラス便りを転載致します。

『ギリシャ語初級講読』(A・B・C)、『ギリシャ語中級講読』 担当:広川直幸

ギリシャ語初級講読Aでは受講生一名とソポクレースの『オイディプース王』を一度に40行程度のペースで読んでいる。Lloyd-JonesとWilson校訂のOCTを、その解説書であるSophocleaおよびJebbの校訂註釈書とDaweの校訂註釈書を用いて一字一句もなおざりにせずに注意深く批判的に読み進めている。この原稿を書いている時点で655行まで進んだ。校訂に関してかなり執拗に検討しているので、いろいろと気付かされたことがある。二点だけ挙げると、先ず、解釈に関して激しい議論がなされていたり本文に校訂不能の印(†)が付されている個所がレトリックの知識を応用すれば無理なく読める場合がある。次に、新しいOCTは最近の傾向なのかかなり多くの行をinterpolationとして削除要求しているが、その判断基準が主観的で曖昧であることが多い。この二点が特に気になった。

ギリシャ語初級講読Bでは受講生二名とプラトーンの『パイドーン』を読んでいる。テキストと註釈はBurnetとRoweを併用し、時々新しいOCTを参考にしている。進度は二週に一回の授業で一度に2~3ページ程度。73eまで進んだ。ソークラテースが魂の不死を想起説により証明しようと試みるところである。ギリシャ語としては特別難しいものではないが、内容が非常に難しいので悪戦苦闘しながら読み進めている。また、この授業ではNorth & Hillard, Greek Prose Compositionを用いて地道に作文を続けている。Exercise 67まで進んだ。

ギリシャ語初級講読Cでは受講生三名と『新約』の「ルカによる福音書」を一回に2ページ程度のペースで読んでいる。4章6節まで進んだ。山の学校でこれまでに「マタイ伝」と「マルコ伝」を読んできた。「マタイ」のギリシャ語はいわゆる古典ギリシャ語の知識を基にして多少調整すれば十分に読めるものである。「マルコ」のギリシャ語もギリシャ語として拙い部分に目をつむれば同様である。だが「ルカ」のギリシャ語は違う。セム語の影響なのだろうが、ギリシャ語として恐ろしく歪んだ表現が頻出するかと思えば、「マタイ」「マルコ」には見られなかった古典ギリシャ語的な語法が現れたりする。要するに共観福音書の中では「ルカ」のギリシャ語が最も難しい。受講生も「マルコ」の時より苦労しているようであるが、しばらくすれば慣れるはずなので心配は無用である。

ギリシャ語中級講読は受講生一名と『イーリアス』第18歌を一回に30行程度のペースで読んでいる。292行まで進んだ。テクストはM. L. West校訂のトイプナー版を、註釈は2010年にイタリアで出版されたG. Cerri, Omero, Iliade, Libro XVIII: Lo Scudo di Achilleを用いている。Cerriの註釈は最近のものとしては珍しく、学者に研究のネタを提供するためでなく、原典を味読するために書かれている項目が多い。一例を挙げると、50行のἀργύφεον σπέος「銀色に輝く洞窟」という表現をめぐる(おそらく北ヨーロッパの)批評家の侃々諤々の議論を「奴らは海の洞窟を訪れたことがないのか」と実体験を基に一刀両断するところなど実に爽快である。

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