『山の学校ゼミ(数学)』 (担当:福西亮馬)

今年度から始まったこのクラスでは、『虚数の情緒』(吉田武著、東海大学出版会)を輪講しています。「数学を読む」というと一種、冗談のように聞こえますが、至って大真面目です。実際それを可能とするテキストの力と、生徒さんの熱意によって支えられています。学びに来られる動機はそれぞれで、そして「それぞれ」であることが、すごく有難いと感じます。お一人は、広い視野を持つことで、数学を勉強するモティベーションを上げたいと思っていた矢先、『虚数の情緒』を檄文のように感じたというIさん。もう一人のMさんは、一つの判断を下すのに、本当は幅広く物事を知っていないと、より正しいことが言えないのではないかという疑問を持っておられます。そして「全方位的」というこの本に惹かれたそうです。お二人とも、文系・理系という垣根で興味を分かちたくないという強い希望を持っておられます。その興味の奥深さから、お二人の後ろには何十人何百人も控えておられるように感じます。(ちなみに「『虚数の情緒』中学生からの全方位独学法」に対する英題は、次の通りです。「Square root of minus one:Mathematics, Physics and Human mind.“Imaginative in All Directions”」──「:数学・物理学・人間の精神。あらゆる方向への想像的な」。まさに「ピッタリ」だとは思われませんか?)

だいたい週に2節ずつ読んできてもらって、授業ではその一部を音読しています。そして残りの時間で、お互いの知見を交換します。特に、哲学、語学、法律、歴史、そして教育の話題がよく飛び出します。

今は第0章の「方法序説」を読み終え、第1章「自然数:数の始まり」に差しかかっています。「全方位的」とあるだけに、人間の営みとしての数学が、様々な事柄と結びついていることを、これから深く見ていくところです。

ところで私がこの本を手に取ったのはおよそ10年前で、その時は山の学校の立ち上げと重なっていました。当時、大人の方に数学を教えておられた下村昭彦先生が、破顔して「この本、いいよなあ」と言っていた音色を思い出しますが、改めてその冒頭を読み返すと、今もなお新鮮に言葉が目に飛び込んでくることに驚きを感じます。特に、次の一文が私には印象深く感じられます。「教育の役割は、人が初めてそれを知る時、最大限の驚きが得られるように充分な配慮をする事」であると。

これはまた、最近になって私が感銘を受けた言葉ですが、物理学者の朝永振一郎も、『好奇心について』という1972年の講演(岩波文庫『科学者の自由な楽園』所収)で、「知的な飢えを間食で減退させている」という当時からの問題を指摘しています。そして「視聴覚教育を真に有効にするためには、はなはだ逆説的ですが、視聴覚過多を少なくすることだ」と提言しています。両著とも相通ずるものを感じ、改めて精神に銘記する次第です。

『虚数の情緒』を読むと、そこから連想され、触発される、様々な言葉との出会いがあります。ぜひ数学への興味に限らず、あらゆる方向からの一般の方々のご参加をお待ちしています。

(福西亮馬)

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