『ユークリッド幾何』(山びこ通信2011/2より)

『ユークリッド幾何』 (担当:福西亮馬)

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冬学期は、ユークリッドの『原論』第1巻に書かれた命題47、すなわち『三平方の定理(ピタゴラスの定理)』)と、その周辺の定理の証明に取り組みました。

『三平方の定理』は、中学3年生になると誰しも一度は習います。ただその時に黒板を書き写すことだけで知り、あとは問題集で受身に練習を積むだけでは、あまりに感動が薄く勿体ないことだと思います。

この定理を能動的に、生の体験として得たことは、その後も限りなく豊穣な数学の世界を垣間見させてくれることになります。たとえば「最小二乗法」や「正規分布」(二乗誤差)、量子力学におけるヒルベルト空間の「直交射影」、また工学上でも重要なフーリエ変換の勉強に現れる「パーセバルの等式」には、この定理の直角三角形が登場します。そのように数学の至るところでこの定理が関係しています。(あるいはそれらをこの定理で再解釈することで、より深い理解が得られます)。

私見を述べると、「直角」という幾何の言葉と、「二乗」(の積分)という代数(また解析)の言葉は、この定理を一つの橋渡しにしていますが、そのような概念の往来にどれだけ感動を覚えることができるか、それが、数学を「深く味わう」ことだと言ってもよいほどです。事実、この定理にはその都度の新しい発見があり、今でも数学の主要な源泉の一つであることは間違いありません。

この定理の証明には、今知られているだけでも百通り以上もあるそうですが、その中にはユークリッド本人、レナルド・ダ・ヴィンチ、またアインシュタインのものも含まれています。そして今もなお数学を愛する人たちの手によって、その証明の数は増え続けています。

授業では、この定理の証明の下に自らの手でQ.E.D.と書き込むことを目指して、数週間に渡って取り組んできました。三者三様のアイデアがそれぞれの生徒に見られました。全員の過程をここで説明できないのが残念ですが、以下では最もシンプルな解法であったH君の証明を紹介します。

H君のアイデア

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H君はまず①のように、直角三角形を二倍にして長方形にするところから考え始めました。そして相当頭を悩ませた後、②のような図との「組み合わせ」の着想を得ます(これがアイデアとして一番大きなものでした)。その後③では、1辺cの正方形の中を分割して、「組木細工」にすることを思いつきます。すなわちc2の中に分割して作った直角三角形4つと、すき間にある小さな正方形との面積の和は、一番外の正方形c2に等しい、という方程式が作れます(④)。

c2の中にある直角三角形は、ちょうど問題で与えられているものと同じです。よって、その4つ分の面積は、a×b÷2×4=2abです。またすき間の小さな正方形の面積は、一辺の長さがb-aなので、(b-a)(b-a)=b2-2ab+a2と求まります。(ここでの式の展開は、今している勉強とも重なって意義深い刺激になりました)。よってその合計面積は、2ab+b22ab+a2=b2+a2。一方これが一番外の大きな正方形c2と等しかったことを思い出せば、a2+b2=c2となり、Q.E.D.です。証明できました。

ちなみにa2やb2の正方形を分割しても同じように考えることができます。実際その方法には今K君が着手してくれています。ただしやってみてはじめて気が付くのですが、こちらの方が上の解き方よりも格段に計算が難しくなっています(比例の考えにより、4乗の項が現れます)。それでもK君は恐れずに、「これが自分のやり方だ」というポリシーを持って勢い取り組んでいます。またもう一人のA君は、これまた一味違った作図による道筋で考え中です。二人とも私の見る限りでは、あともう少しのところまで来ているので、この原稿が届く頃には、自身のノートに「Q.E.D.」と書き込んでくれていることでしょう。

さて上のH君の解き方は、もし冷めた言い方をすれば、参考書のどこかに書いてある(あるいは今発見されている百通り以上の証明のどれかに当てはまる)ことかもしれません。仮にそうであっても、「自分で考え出したこと」は事実であり、あたかも世界で最初にそれを考え出した人間のように、「熱く解いた」ことには意義があります。少なくとも彼自身にとっても大きな喜びがあります。実際、H君はさらに気をよくして、自らの意思で二通り目の解き方に挑戦してくれています。

そのように、自ら精神を駆り立てる者にだけ得られる深い喜びが、幾何学にはあります。

(福西亮馬)