「ラテン語入門(初級文法)」──山びこ通信より(2008.11)

『ラテン語入門(初級文法)』 (担当:山下大吾)

今学期のラテン語入門では、以前担当された前川先生と同じく、田中利光著『ラテン語初歩 改訂版』(岩波書店)を教材として用い、一回の授業で四課から五課進み、一学期三ヶ月のうちにラテン語文法の骨格を習得する予定になっています。一課ごとの文法事項を確認してから練習問題のラテン語を日本語に訳していただき、和文羅訳問題は後日添削する形をとっています。今学期はお二人が受講され、毎回楽しく真剣に進められております。ラテン語は格変化や活用形が比較的多く、初歩の段階から覚えるべき文法事項が沢山あり、この点では何とも厄介な言語です。したがって一回につき四課から五課というペースはやはり大変かもしれません。しかし一度覚えてしまえば、一つ一つの語が「自己主張」してくれますので、文法関係が曖昧になることは稀にしかありません。多少記憶が怪しくなった場合でも、他の語形から見当をつけ判断するなどして活用表で正しい文法情報を確認できるようになれば大丈夫です。先に進めば当然以前学習したものが少なからず繰り返し現れますので、その都度確認していけばいつしか覚えられる仕組みになっています。またラテン語文法で用いられる術語はほとんどそのままの形で、もしくはそれを翻訳した形で西洋の近代語の文法にも適用されており、一見無味乾燥とした文法学習の中でもなるほどと首肯し、さらには再考を迫られる機会があるのではと思われます。

ラテン語を習得することで得られるものは数多く、その範囲、影響力は計り知れません。先ほどの術語の件もその一つですが、その中で最大のものは、ギリシア文化の伝統を継承し自らの文化を打ちたてた、キケローやウェルギリウスに代表される古典作家の作品を原文で味わえることでしょう。その過程で、作品そのものの持つ魅力や近代語の文章にも受け継がれる修辞や構成上の技術といったもののみならず、もっと広い意味で、西洋世界を強固に支えている「基盤」をおのずから体得し、涵養することが出来ます。練習問題や文例の中にそれら作家の文言が短く収められており、その一部に触れることも可能です。

さらにラテン語は、中世から近世にかけて学問世界の共通語としての地位を確立したため、数多くの重要な作品がこの言語で記されています。今回受講されたお二人も、この時期のラテン語作品を読むことが受講の主な動機になっています。当時は著作のみならず、知識人間の文通もラテン語でなされることが恒例でした。現在でも図鑑や学術的な著作集などで書名がラテン語になっているものを見かけますが、この伝統を引き継いだものと言えるでしょう。

またラテン語は現代のフランス語やイタリア語、スペイン語などのロマンス諸語の母語に当たり、これら言語の研究には欠かせないものになっています。英語はゲルマン諸語に属しますが、その語彙はラテン語に由来するものが多く、ラテン語の知識があれば、普段見慣れた語や無理やり記憶するしかなかった語の綴りが不思議と合点がいくようになり、なかなか楽しいものです。

ラテン語にfestina lente「ゆっくり急げ」という格言があります。いきおい授業では急ぐことに重点が置かれてしまいますが、お二人とも日々の学習の中でゆっくり確実に学ばれており、この格言に即したラテン語学習を行われているのではと思い、その真摯な姿勢に毎回感銘を受けています。私事に渡り恐縮ですが、私がラテン語を初めて学んだとき用いられた教科書が冒頭の書の初版でした。今回新たな版で再び通読する機会を得、その昔懸命に学んだ折、不思議に思った箇所や先生が指摘くださったコメントを思い起こしながら、思わぬ記憶違いや勘違いを改められつつお二人と共に勉強を進めております。無事教科書を一冊読み通して、それぞれの目的であるラテン語作品を味読できる日を楽しみにしています。

(山下大吾)