昔はともかく、現在(ミルの時代)では個性が抑制されていると論じられます。自分に何が適しているかではなく、自分と同じ集団の人を基準にして選択を行うというのです。準拠集団や他者指向型といった社会学の理論を思わせます。

 

カルヴァン派では自己発達よりも自己抑制が望ましいものとされていますが、創造主は抑制すべきものよりも発達させるべきものを人間に備えたのではないかとミルは反論します。

 

ここまでいかに個性の発達が重要かが述べられますが、個性を発達させる自由など必要ないと思っている人にとってさえも、個性を発達させる自由が存在することが重要だという議論に移ります。個性を自由に発達させる天才はごくわずかの人かもしれないが、その人の成し遂げたことが全体に波及するという理屈です。

 

話は飛びますが、京大は1人の天才を生み出すために自由な学風を保っている(だから99人が犠牲になるのもやむを得ない)という、しばしば語られる伝統を連想しました。

 

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