山の学校ゼミ(数学)(はじめに)

福西です。今学期から始まりました、『虚数の情緒』を読むクラスです。よろしくお願いいたします。

先に開講されていた『山の学校ゼミ(社会)』にちなんで、こちらは数学版という位置づけです。最初に思っていた名前は、『数学講読』だったのですが、今後も他に色々な切り口のゼミが出てくることが予想されます。それなので、お山の上が、相互啓発的な知的空間となって、にぎわえばいいなあという期待を込めて、私も「山の学校ゼミ」という名前を使わせていただきました。

私自身、大学から離れて10年以上になり、あまりゼミという言葉を使い慣れないのですが、少人数で一つのテキストを囲んで、各自の考えや理解していることを交換し合い、確め合う、そんなフィードバックと循環のあるクラスにできればと考えています。

最初は自己紹介から始めました。僭越ながら、私の方から、少しお二人の生徒の方のご紹介をさせていただきます。

年長のMさんは、イギリスの法律を研究されていた方です。そして、裁判の事例を挙げつつ、(真実を)「知る」ということは、色々なことが相関を持っていて、「これはこれ、それはそれ」というように、本当ならば切り分けられないのではないか、もっと広い見地からの判断が必要なのに、暫定的に「これはこうするものだから、これでいいんだ」として、判断を停止させている出来事が多いのではないか、ということに、非常に敏感にアンテナを張っておられる方でした。

数学の領域でも、要領よく勉強をするということに、いつからか違和感を覚えられ、それで「文系+理系」というように垣根を取っ払ったトータルな著作である『虚数の情緒』を、面白いと思って参加してくださったとのことでした。これまで学んできた数学を、他の分野とのつながりのないままにしておきたくはない、そのようなMさんの「情緒」が、もうひと方のIさんとともに、ひしひしと感じられました。

Mさんは、山の学校にはずいぶんと長い間、お顔を見せてくださっており、最初はラテン語の夕べとラテン語のクラスに来られたのがきっかけでした。その後、ギリシャ語をものにされ、さらには数学をという、知的好奇心のかたまりのような方です。(そのMさんの姿を見ながら、私もいつかギリシャ語を学びたいなと常々思っていたことがあり、すごく尊敬しています)。幅を広げてお話ししてくださるMさんに、私もまた色々と教わって、知見を広げたいと願っています。

もう一人の生徒さんは、歴史入門や高校数学にも来てくれている、Iさん(J君)です。昨年度の歴史入門では、これまで学校の教科書で学んだ歴史の知識が、より広い視点から位置づけられていくことに興味を覚え、色々と触発されたことが多かったそうです。それで、この数学のゼミでも、今勉強している自分の数学を、より広い視野の中に位置づけたいということでした。

Iさんは、小学校の頃まで中国で暮らしておられたそうです。そのように、日本の「外」の世界を見てきたという経験は、おおいにメリットだと、Mさんと私とは請け合いました。Iさん自身も、「日本についてただ知る」ということと、「世界の中の日本を知る」ということには、違いがあると認識されているようでした。

同じ一つの知識でも、それを持つ人間の「視野の広さ」次第で、今後の展開が決定的に変わる、そのような新しい時代における、「今は過渡期なのだ」ということに、Iさんはむしろ「心待ち」にしているようなところがあり、頼もしさを見受けました。やはり何と言っても、Iさんの若さが強みだと感じました。

これは岸本先生が書き残しておられますが、歴史入門の最後の授業で、Iさんについて、「イスラームの歴史を学んでいた時には、理解できなかったイスラームの考え方を知ることができたのが一番の成果だと述べてくれました。」とあります。そして、Iさんはこのクラスで、「今は『虚数の情緒』と数学の問題集とを机の上に置き、『虚数の情緒』を読んでは、問題集を広げ、そして問題に解き疲れたら、また『虚数の情緒』を読んでモティベーションを上げる、ということをしています」ということを報告してくれました。ありがたいことだと思います。ぜひその取り組みが、歴史の時のように、新しい結実がありますことを、心から応援しています。

また、これは別の機会に聞いた話ですが、Iさんは、岸本先生と以前読まれた『新しい世界史へ──地球市民のための構想』(羽田正著、岩波新書)で、歴史から歴史学へという違いに、檄を受け取ったそうでした。私はまだその著作は未読なのですが、Iさんの言うには、「歴史は、力を持っている。けれども、その力が、まだ専門家のうちにとどまっていて、一般の人には伝わっていない。だから、今の歴史は力を持っていない。そこで、歴史が力となるように考えるのが歴史学で、そのような過渡期の流れに自分は鼓舞される」とのことでした。Iさんの中の一貫した物語を感じました。

これは後任の吉川先生が自己紹介のところでお書きになっていたことですが、「一度獲得した歴史の知識を様々な学問全体の関係性のなかで再確認していくこと」ということにあたるのだろうと思います。

Mさんにとっても、Iさんにとっても、また私にとっても、お互いに高め合えるクラスでありますよう、これからも精進していきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。