西洋古典を読む(2021/6/9~6/30)

福西です。

『アエネーイス』(岡道男・高橋宏幸訳、西洋古典叢書)6.788-823を読みました。

英訳『The Aeneid』(Robert Fagles訳、Penguin Classics)の該当箇所は909-948です。

ローマ人の英雄のカタログの最中です。アウグストゥスの霊が出てきます。

アンキーセスは息子に話して聞かせます。

「アウグストゥスの業績は、(アントニウスに勝利して)ローマを再び平和にするだろう。二度目の黄金時代(ラテン語:aurea saecula)を築くだろう。東方はナイル川をも驚かせ、版図はインドにも届くだろう」と。ただし後半の版図に関しては史実ではなく、詩的誇張です。さらにこう絶賛します。「それはヘルクレースにもできないことであった、勝利者(victor)として、さながら虎の戦車を駆るディオニューソス神のようだった」と。

『アエネーイス』は、作品全体の冒頭で「戦争と一人の英雄を私は歌おう」と始められ、アエネーアスのこと、彼がユーノーの容赦ない怒りに耐え抜いたことが歌われます。そして「ローマの礎を築くことはこれほども難業だった」と。

ギリシャ神話を知る当時のローマ読者は、おそらくユーノーの怒りに耐え抜いたヘルクレースのことを連想したでしょう。

よってそのつながりを意識すると、今回読んだ部分は、ヘルクレースをも凌駕する、と歌われることで、アウグストゥスのイメージがアエネーアスのそれと重ね合わされている、と考えられます。

そして、その「勝利者(victor)アウグストゥス」のことを歌う、ウェルギリウス自身もまた、その歌の力で、詩人の世界の勝利者となることを約束されるかのようです。

ウェルギリウスの別の作品『農耕詩』3.17で、「彼(アウグストゥス)に、私は勝利者として」(illi victor ego)(戦車を走らせよう)という表現があります。

 

印象深かった箇所は以下の通りです。

「われらはこれでもまだためらうだろうか、功業により武勇を広めることを。

それとも、イタリアの地に居を定めることを恐れが阻むだろうか。」(岡・高橋訳)

英訳の方は以下の通りです。

Do we still flinch from turning our valor into deeds?

Or fear to make our home on Western soil? ─(Fagles訳)

6巻の有名なサビのひとつです。

このメッセージを当時のローマ読者はどんなふうに受け取ったのだろうか、「われら」の範囲を一体どこまで広げたのだろうか、と思いをはせてみたくなります。