1/25 歴史入門(高校)

岸本です。

今日はフランス革命の続き、ナポレオンの時代とその後のウィーン体制について話をしました。

前回までのフランス革命の流れは、基本的に革命を推し進めていこうというものでした。
しかし、テルミドールのクーデタで国民公会が倒れると、ナポレオンによって革命は別の方向に進んでいきます。
軍隊で頭角をあらわした彼は、イタリア遠征やエジプト遠征によってその力をいかんなく発揮し、ブリュメールのクーデタを契機に実質的な独裁権を握っていきます。
ナポレオン法典の制定などの内政やイギリスとの和約など対外関係を好転させたナポレオンはついに皇帝となりました。
これが国民投票の結果であることや、フランス革命の行き着いた先が帝政であること、その革命の結果がヨーロッパ各地で新たな支配を生み出したというのも、皮肉な話です。
しかし、そのナポレオンの支配が一種の「革命の輸出」となり、スペインでは反乱として返ってくることになります。
またそれ以外の各地でも、その後の国民主義の基礎になっていったことは、ナポレオンの歴史的意義でしょう。
さて、ヨーロッパ大陸をその掌中に収めていくナポレオンですが、その支配に抵抗を受けるようになり、ついにロシア遠征でつまづいてしまいます。
その後ライプチヒ戦争で敗れると流刑に処され、「百日天下」で一時復活するもののワーテルローで再度破れ、ナポレオン時代は終わりを告げます。

ここまで解説した上で、フランス革命とナポレオン戦争の意義を話し合いながら確認しました。
生徒さんはナポレオンの遠征と「革命の輸出」の関連に興味を持ち、その意義を評価していました。
確かに、エジプトへの遠征は西アジアにナショナリズムを拡大させた大きな要因でした。いい着眼点です。
それ以外にも、革命の背景に「世論」による権力の保証があったことは重要です。
これまでの絶対主義とは異なる新しい政治の在り方は現在にもつながります。
ただ、現在それが正しく機能しているかは別問題です。
今後新たな政治の在り方が生まれてくるならば、現代は近代からの変革点になるかもしません。
こうした見方は歴史を学んだからこそ得られるものでしょう。
生徒さんも、最近は社会の因果関係に興味を持つようになったということです。
頼もしい発言だと思います。
その因果関係を探究しながら、次の行動を自主的に考えていくことが、歴史の効用といえるかもしれませんね。
来週は、フランス革命後つくられたウィーン体制が動揺していく様子を見ていきたいと思います。