ことば2年(水曜日)

福西です。

今回は素話で、『オルペウスとエウリュディケ』の話をしました。

日本ではほとんど知られることはありませんが、西洋ではもしかしたらよく知られているアリスタエウス(ギリシア語だとアリスタイオス)という神様がいます。

Aristaeus.jpg
(この人)

蜜蜂の飼い方を人間に教えてくれた、人間にとってはありがたい(いわゆる養蜂の)神様で、よく青年の格好をしています。

さて、前回の「蜜蜂の失踪」の話の続きで、実は2000年前にもすでにこの手の話は文学に登場しています。ウェルギリウスというローマの詩人で、『農耕詩』という作品の最後に描かれたエピソード(元はギリシア神話)がそれです。科学の次は文学に現れるミツバチと言うことで、以下のような話をしました。

昔、アリスタエウスという神様は、蜜蜂をたくさん飼っていて、それを誇りにしていました。けれどもいつものように巣をあけてみると、蜜蜂たちがどこにもいないのです。アリスタエウスはたいそう悲しんで、そのことを神様なのに、まるで子どもみたいにお母さん(これも女神)に訴えました。「どうしてぼくの蜜蜂がいなくなったんだ、ぼくは何も悪いことはしていないのに」と。

この時、T君が「それって自慢しすぎたからちゃうか?」と発言してくれました。今回はそれとはちょっと違うのですが、自慢した者を神が罰するという話はギリシア神話では大変よくあります(蜘蛛になったアラクネetc.)。

そこで、お母さんは「それなら、何でも知っている海の神プローテウスに聞いて御覧なさい」と。やや丸投げっぽいですが、そんなに大事なもののためだったら、ちょっとは苦労してきなさいといったところでしょうか。

proteus.jpg
(何でも知っているプローテウス)

しかしこのプローテウスは、あらゆる生き物に変身してすごしています。それなので、なかなかその正体を見つけ、捕まえることができません。けれどもアリスタエウスも蜜蜂がいなくなったことで必死です。(良くも悪くも)不屈の努力のおかげで、「ほら、あのアザラシの群で一緒に寝そべっている、大きい白いのがプローテウスですよ」と教えてもらいます(白いとかは私の脚色です)。プローテウスも油断していたのでしょう。そーっと近づいたアリスタエウスに気づかず、突然むんずとつかまれたものだから、暴れ出します。さあ、プローテウスとのプロレスが始まります。

AristaeusProteus.jpg
(プローテウスを捕まえるアリスタエウス)

プローテウスは大蛇やら次々と別のものに姿を変えて逃げようとしますが、その都度アリスタエウスは捕まえなおし、力でねじ伏せます。こうなったら根競べです。とうとう息を上げたのは、プローテウスの方でした。

「ぜいぜい、なんじゃ、わしに頼みというのは」
「私の蜜蜂が突然いなくなったんです。原因を教えてください」
「それはな、お前がしでかした悪さが原因じゃ」
「え、私が? 私は何も悪いことはしていません」
「お前はつい最近、エウリュディケという女を川岸で追いかけたじゃろう。いやがる彼女を、お前は今わしにしたみたいにしつこく追い回した。それで、エウリュディケはお前から逃れようとして、草むらに隠れたのじゃ。じゃが運悪く、そこには蛇がすんでいたのじゃ」(昔は今と違って、蛇がよくいたそうです、とフォロー)
「えっ」
「かわいそうに、悲鳴を上げたときには、蛇がおそいかかっておった。エウリュディケは足をかまれた。ただの蛇なら何ともないが、毒蛇だったのじゃ。それで、夜になっても帰らないことで心配したオルペウスが、探しに来たときには、とうに事切れておった。お前は自分のしたことが、そんなことになっておったとはつゆ知らなかったじゃろう」
「はい」
「そうしてオルペウスは悲しみのあまり、エウリュディケのことを歌いながらさまよった。さまよっているうちに、とうとうあの世まで来てしまった。」
「なんと」
「オルペウスが歌うと、木や命を持たぬ石でさえさめざめと涙を流すという。そのオルペウスがふと、このままあの世まで行って、妻を取り戻そうと思いついたのじゃ。」

「あの世の門には、ケルベロスという三つ首の恐ろしい番犬がおる。しかしオルペウスが歌うと、その首が三つともうなだれておとなしくなった。そしてあらゆる鬼も、彼の歌を聞くと涙を流しはじめた。車輪に貼り付けの刑にされているイクシオンのその車輪も、ぴたりと止まったという。こうしてあの世の王のところまでやってきた。

「どうか私にエウリュディケを返してください」

と、オルペウスは歌で頼んだ。王はもちろん一度きた死者を地上に返すことはできない。けれどもふり向くと、妻(プローセルピナ)が涙を流している。

「あなた、どうか私からもお願いです。オルペウスにエウリュディケを返してあげて」

こうなると、さすがの王も妻には弱いと見えて、しぶしぶうなずいてしまう。けれども一つだけ約束をした。

「よかろう。エウリュディケをここに連れてきてやろう。しかし彼女を地上に連れ帰るまでは、決してふり向いてはならぬ」

と。こうしてオルペウス(とエウリュディケ)は、教えられた道を通って、地上に向かってえんえんと歩いていった。けれどもエウリュディケが後ろについてくる気配がしない。森を通ったときには、落ち葉を踏む足音もしない。いろいろ言葉をかけるけれども返事がない。こうなると不安が募ってくる。けれども、とうとう地上の出口の光が見えたのじゃ。その時、オルペウスは喜んで、

「ほら、もうすぐだ! エウリュディケ」

と、思わず、そう思わず、後ろを振り向いてしまったのじゃ。オルペウスが見たのは、喜びではなく、悲嘆にかきくもったエウリュディケの顔じゃった。「ああ、なんという気の迷いがあなたをとらえてしまったの。どうして…」と言いながら、再びあの世の闇の中に連れて行かれてしまったのじゃ。」

orpheus.jpg

「こうしてオルペウスは地上に帰ると、一度目はアリスタエウスのせいで、しかし二度目は自分のせいで妻を失ってしまった。そのことを悔やんでも悔やみきれず、冷たい星の下で歌いながら各地を放浪した。そしてキコネス族という女だけの住む場所で、いろいろと慰めてもらったり、結婚を言い寄られたりしたが、その好意をオルペウスはすべてはねのけてしまったのじゃ。すると侮辱されたと思った女たちは全員で計って、オルペウスをやつざきにしてしまった。それでも、川に捨てられたオルペウスの首だけは、さあ何と言いながら、プカプカと流れていったじゃろう。

生徒たち「エウリュディケ! 名前!」

「そう。そしてお前の蜜蜂がいなくなったのは、あのオルペウスとエウリュディケ(実際にはその不幸に対して憤った仲間の妖精たち)の呪いだったというわけじゃ。」とプローテウス。

このことを理解して、アリスタエウスはさっそく二人の霊を慰めるための儀式をして、蜜蜂の群を元通り取り戻すことができます。けれどもオルペウスはただ一人のエウリュディケを取り戻せなかったのです、というのが、今回のお話です。