福西です。山びこ通信を整理中に、去年(おととし)のなつかしい文章を見つけたので、ご紹介します。(山びこ通信2012/3月号「ことば3~4年C」より一部抜粋)。今もがんばっているT君への、陰ながらのエールとして。

はじめてのつり』

 ジェームズたちは、朝ごはんを食べながらテレビを見ていました。見ていたテレビが終わったのでお父さんがつりの番組にかえました。しばらく見ていると、ジェームズが
「お父さんつり楽しそうだね。」
と言いました。そしたら今度は、お父さんが
「じゃあ、つりに行くか。」
と聞きました。二人は、声をそろえて
「行く!!」
と言いました。お母さんが
「あなたは、つりざおを持っていないでしょ。」
「心配するな。行くと中で買って行く。」
と言いました。
 まず車でつり道具屋に行きました。ジェームズのつりざおは、青で、ジャクソンのつりざおは、緑でした。その後首都のマルコ市を出てとなりのゲッペル市に行きました。ゲッペル市は、しぜんがゆたかでした。実の事を言うとマルコ市とザンドル市い外は、どいなかでした。
 ジェームズたちは、小川でつりをはじめました。三十分、一時間と、どんどん時間は、すぎていくなか魚は、いっこうにつれません。二時間くらいたったころジェームズとジャクソンが同時に
「魚がかかった!!」
とさけびました。次のしゅんかん、なんとジェームズが魚にひっぱられて小川にしずんでいくではありませんか。ジャクソンが
「つれた!!」
とさけびました。なんとつれたのは、つりざおを持ったジェームズだったのです。二人は、声をそろえて
「えー!!」
とさけびました。ジェームズが言いました。
「服がぬれて気もち悪いから家に帰りたい。」
と言いました。
 けっきょくその日は、何もつれませんでした。

これは、T君の作ってくれた物語の中でも、おそらく本人も認める快心の作品です。

書き出しの「お父さんつり楽しそうだね」という子供の台詞は、単に自分が行きたいという気持ちを表しただけでなく、お父さんの気持ちの代弁でもあります。そしてお父さんの側も、単に乗りが良いだけでなく、子供の願いを聞き容れたいという思いがあるからこそ、「じゃあ、つりに行くか」という展開になっています。

そこには「行間」の会話があります。それは、お互いの気持ちを汲み合う幸せな家族のそれであり、テレビの前から立ち上がるのは、子供たちにとって「嬉しいお父さん」の姿です。

「あなたは、つりざおを持っていないでしょ」という、いかにもお母さんらしい合いの手に、「心配するな」と大見得を切るのも、またお父さんらしいです。そのあたりの会話が実に生き生きとしています。おそらくT君の見ている日常から切り取られた一シーンなのでしょう。それをいつものようにT君が口頭で伝えてくれるのであれば、それは日常会話に終わりますが、現に「書いてくれた」ことで、このように普遍性を増したという点が重要だと思います。

また後半の物語の展開も見事です。いっこうに魚がかからないジェームスが「やっと釣れた!」と思った手ごたえは、実はジャクソンだったという、『はじめてのつり』の喜びと落胆とが面白おかしく読者の想像力を刺激します。しかし、それだけではありません。ジャクソンを助けるという筋が「同時」に解決されていることもまた、読者に安堵を与えます。

そのようなドラマチックな筋立ては、推敲のたまものであり、時間をかけて書いてくれたT君には、惜しみない賛辞として「すごいね」という言葉をおくりたいです。また、さらなる次回作が楽しみです。(福西)

(山びこ通信2012.3「ことば3~4年C」より抜粋)

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