『アエネーイス』第二巻訳

アエネーアスの語るトロイア戦争(2.1-20)

1
Conticuere omnes intentique ora tenebant
inde toro pater Aeneas sic orsus ab alto:

一同は沈黙しアエネーアスを凝視した。
このとき、高い玉座の上から父アエネーアスは次のように始めた。

3
Infandum, regina, iubes renouare dolorem,
Troianas ut opes et lamentabile regnum
eruerint Danai, quaeque ipse miserrima uidi 5
et quorum pars magna fui. quis talia fando
Myrmidonum Dolopumue aut duri miles Vlixi
temperet a lacrimis? et iam nox umida caelo
praecipitat suadentque cadentia sidera somnos.

「女王よ、あなたは口にするのも厭わしい苦悩を蘇らせよと命じている。
トロイアの財宝とあの悲しみに満ちた王国を
ダナイー人がいかにして根こそぎにしたか。また、わたし自身が目にした
 もっとも悲惨な光景、
その大部分にわたしが関わっていたのだが、それも蘇らせよと。
ミュルミドネス人、ドロペス人、残酷なウリクセス*1の兵士たちの
いったい誰が、それらを語りながら、涙をこらえられようか。おまけに、
 もう湿った夜が
天から急いで落ちながら、沈む星々が眠りをうながしている。

10
sed si tantus amor casus cognoscere nostros 10
et breuiter Troiae supremum audire laborem,
quamquam animus meminisse horret luctuque refugit,
incipiam. fracti bello fatisque repulsi
ductores Danaum tot iam labentibus annis
instar montis equum diuina Palladis arte 15
aedificant, sectaque intexunt abiete costas;
uotum pro reditu simulant; ea fama uagatur.

だが、もしわたしの悲劇を知りたいとそれほど強く願うなら、
また、トロイア最後の苦しみを手短であっても聞きたいというのなら、
わたしの心はそれを思い出すことを恐れ、悲しみから逃れようとするけれども、
今から語って聞かせよう。戦いに疲れ果て、運命にも背を向けられた
ダナイの将軍たちは、すでに長い年月が過ぎていたこともあり、
女神パッラスのわざを用いて、山のように大きな馬を
建造した。脇腹は切り出したモミの木を組み合わせた。
彼らはそれを退却のための捧げものであると偽ったが、その噂は広まった。

18
huc delecta uirum sortiti corpora furtim
includunt caeco lateri penitusque cauernas
ingentis uterumque armato milite complent. 20

ギリシア軍は、武将の中から選びぬいた者たちを、
馬のうつろな脇腹の中に、こっそりと潜ませた。
その巨大な空洞の腹の部分を武装した兵士で満たしたのだ。

*1
オデュッセウス

ギリシア軍の贈り物(2.21-39)

est in conspectu Tenedos, notissima fama
insula, diues opum Priami dum regna manebant,
nunc tantum sinus et statio male fida carinis:
huc se prouecti deserto in litore condunt;
nos abiisse rati et uento petiisse Mycenas. 25

視界の中にはテネドス島があった。人々の口伝えでは最も名の知られた島で、
プリアムスの王国が栄える間は財宝も豊かであった。
それが今や単なる入り江に過ぎず、船にとっては危険な港となっている。
ここへ彼らは船を進め、荒涼とした浜辺に身を隠した。
われわれトロイア側は、彼らが退却し、風の力を借りてミュケーナエを
 目指したものと思い込んだ。

ergo omnis longo soluit se Teucria luctu;
panduntur portae, iuuat ire et Dorica castra
desertosque uidere locos litusque relictum:
hic Dolopum manus, hic saeuus tendebat Achilles;
classibus hic locus, hic acie certare solebant. 30

こうしてテウクリアは国中長年の苦しみから解放された。
ついにその城門を開かれた。ドーリス人の陣営に赴き、
荒れはてた土地と放置された海岸線を目にすることさえ喜びだった。
ここにドロペス人の部隊が、こちらには残酷なアキレスがいた。
ここは艦隊の停泊地であり、ここで戦列を組み戦うのが常であった。

pars stupet innuptae donum exitiale Mineruae
et molem mirantur equi; primusque Thymoetes
duci intra muros hortatur et arce locari,
siue dolo seu iam Troiae sic fata ferebant.

ある者は処女神ミネルウァの死を招く贈り物に驚き、
巨大な馬に驚嘆した。まずテュモエテスが、
馬を城の中に入れ要塞の中に据え置くべしと主張した。
それが策略であれ、すでにトロイアの運命がそのようになると
 決まっているにせよ。

at Capys, et quorum melior sententia menti, 35
aut pelago Danaum insidias suspectaque dona
praecipitare iubent subiectisque urere flammis,
aut terebrare cauas uteri et temptare latebras.
scinditur incertum studia in contraria uulgus.

だがカピュスをはじめ、心に人一倍優れた考えを抱く者たちは、
このダナイ人のわな、疑わしい贈り物を海に
突き落とすか、下から火で燃やすか、
腹の中空になった隠れ場所に穴をあけて試すべきだと言い張った。
考えの定まらない群衆は、まったく異なる方向に情熱を二分させた。

その馬を信じるな(2.40-66)

Primus ibi ante omnis magna comitante caterua 40
Laocoon ardens summa decurrit ab arce,
et procul ‘o miseri, quae tanta insania, ciues?
creditis auectos hostis? aut ulla putatis
dona carere dolis Danaum? sic notus Vlixes?
aut hoc inclusi ligno occultantur Achiui, 45
aut haec in nostros fabricata est machina muros,
inspectura domos uenturaque desuper urbi,
aut aliquis latet error; equo ne credite, Teucri.
quidquid id est, timeo Danaos et dona ferentis.’

そのとき、ラオコオンが多くの群衆を引き連れてみなの先頭に立ち、
城塞の高みから息せき切って降りてくるや、
遠方から叫んだ。「おお哀れな市民たちよ、なんと大きな狂気か。
敵が去ったと信じるのか。ダナイ人の贈り物にわなが仕掛けられていない
 と考えるか。ウリクセスはそんな男か。
この木馬の中には、アカイア人が隠れているかもしれない。
あるいは、われわれの城門をうち破る兵器として作られたものかもしれない、
家々の中をのぞき、上方から都の中に侵入する手段として。
または、別の策略が潜んでいるかもしれない。テウクリア人よ、この馬を信じるな。
それが何であれ、わたしはダナイ人を恐れる。たとえ贈り物を持参するのであれ」。

sic fatus ualidis ingentem uiribus hastam 50
in latus inque feri curuam compagibus aluum
contorsit. stetit illa tremens, uteroque recusso
insonuere cauae gemitumque dedere cauernae.
et, si fata deum, si mens non laeua fuisset,
impulerat ferro Argolicas foedare latebras, 55
Troiaque nunc staret, Priamique arx alta maneres.

こう言うと、満身の力を込めて大きな槍を
獣の横腹、継ぎ目のある丸くなった腹部に
投げつけた。槍がつき刺さり、震動した。腹部は左右に揺れ、
中のうつろな部分は音を響かせ、うめき声を上げた。
もし神々の運命が、もし神々の心が敵意なきものであったなら、
アルゴス人の隠れ場所を剣で突くように促され、
トロイアは今も健在であろうし、プリアムスの城も高くそびえているだろう。

Ecce, manus iuuenem interea post terga reuinctum
pastores magno ad regem clamore trahebant
Dardanidae, qui se ignotum uenientibus ultro,
hoc ipsum ut strueret Troiamque aperiret Achiuis, 60
obtulerat, fidens animi atque in utrumque paratus,
seu uersare dolos seu certae occumbere morti.
undique uisendi studio Troiana iuuentus
circumfusa ruit certantque inludere capto.
accipe nunc Danaum insidias et crimine ab uno 65
disce omnis.

見よ、この間、背中の後ろで手をしばられた若者を
ダルダニアの牧人たちが大きな叫び声をあげて、王の前に引き連れてきた。
進んで牧人たちの通る道に不審な男を装って身を差し出し、
そうすることで、トロイアをアカイア人のために開こうとしたのだ。
心は自信に満ち、いずれに対しても覚悟ができていた、
策略で切り抜けるにせよ、確実な死を迎えるにせよ。
一目その姿を見ようと、トロイアの若者たちは四方八方から
取り囲み、捕われた男をこぞってののしった。
さあ、ダナイ人の欺瞞の数々を聞いて欲しい。一つの悪事から
すべてを推しはかっていただきたい。

シノンの狂言(2.67-96)

namque ut conspectu in medio turbatus, inermis
constitit atque oculis Phrygia agmina circumspexit,
‘heu, quae nunc tellus,’ inquit, ‘quae me aequora possunt
accipere? aut quid iam misero mihi denique restat, 70
cui neque apud Danaos usquam locus, et super ipsi
Dardanidae infensi poenas cum sanguine poscunt?’

シノンは人々の目の前で取り乱し、武器を持たずに
立ちつくし、プリュギアの軍勢を見回した上で
こう述べた。「ああ、いまやどんな大地や海が
わたしを受け入れることができるだろう。あるいは、最後になって
 惨めなわたしを待ち受けるものは何なのか、
ダナイ人の中にもはや居場所はなく、さらに敵意に満ちた
ダルダニア人が血によって罪をつぐなうよう求めているときに」。

quo gemitu conuersi animi compressus et omnis
impetus. hortamur fari quo sanguine cretus,
quidue ferat; memoret quae sit fiducia capto. 75

この嘆きによって人々の心は変わり、彼に向けられた一切の
攻撃の手はゆるめられた。われわれは、彼に、どの血筋から生まれたのか、
何を伝えに来たのか、語るよう促した。捕われの身でありながら
 どうしてそれだけ自信があるのかを語るように、とも。

(76)
‘Cuncta equidem tibi, rex, fuerit quodcumque, fatebor 77
uera,’ inquit; ‘neque me Argolica de gente negabo.
hoc primum; nec, si miserum Fortuna Sinonem
finxit, uanum etiam mendacemque improba finget. 80

[彼はついに恐怖を取り去ると、次のように語り始めた。]
「王よ、わたしは洗いざらい、何が起ころうとも真実をお話ししましょう。
自分がアルゴス生まれであることも否定しません。
このことを初めに申し上げたい。運命の女神はこのシノンを
 不幸な人間にしたが、
浅はかでいかさまな男にするほど邪ではありません。

fando aliquod si forte tuas peruenit ad auris
Belidae nomen Palamedis et incluta fama
gloria, quem falsa sub proditione Pelasgi
insontem infando indicio, quia bella uetabat,
demisere neci, nunc cassum lumine lugent: 85
illi me comitem et consanguinitate propinquum
pauper in arma pater primis huc misit ab annis.

おそらく語り伝えの中であなたの耳にも届いているでしょう、
ベールスの息子パラメーデスの名前、そのたぐいまれな栄光が。
ペラスギ人は無実の彼に国家反逆の濡れ衣を着せ、
恥ずべき告発によって死刑にしたのです。ひとえに戦争に反対したためです。
今でこそ命を奪ったことを悔いていますが。
貧しかった父は、わたしを彼の供として、また近い血縁者として、
トロイアの戦場に送り出しました。わたしが成年に達するとすぐのことでした。

dum stabat regno incolumis regumque uigebat
conciliis, et nos aliquod nomenque decusque
gessimus. inuidia postquam pellacis Vlixi 90
(haud ignota loquor) superis concessit ab oris,
adflictus uitam in tenebris luctuque trahebam
et casum insontis mecum indignabar amici.
nec tacui demens et me, fors si qua tulisset,
si patrios umquam remeassem uictor ad Argos, 95
promisi ultorem et uerbis odia aspera moui.

パラメーデスがつつがなく権力を維持し、諸王の会議において
力を持っていた間、わたしも、ある種の誉れと名誉に
あずかっていました。ところが奸智にたけるウリクセスのねたみを受けて、
これはだれもが知っている話ですが、パラメーデスがこの世を去った後、
わたしは破滅し、暗黒と悲しみの中で生きるほかなくなりました。
無実の友の不幸を自分のことのように憤りながら。
血迷ったわたしは黙っていることができず、もし運命がそう導くなら、
またもし勝利を収めて祖国のアルゴスに帰国できたならば、
わたしは仇討ちをすると誓い、それを言葉に出したことによって、
 ウリクセスの激しい憎しみを招きました。

トロイアを去るギリシア人(2.97-127)

hinc mihi prima mali labes, hinc semper Vlixes
criminibus terrere nouis, hinc spargere uoces
in uulgum ambiguas et quaerere conscius arma.

このときから、わたしに不幸の転落が訪れたのです。このときからウリクセスは
いつもわたしに新しい罪を着せようと脅かし、このときから大衆に
どうにでもとれる言葉を撒き散らし、わざと武器に訴えるようになったのです。

nec requieuit enim, donec Calchante ministro? 100
sed quid ego haec autem nequiquam ingrata reuoluo,
quidue moror? si omnis uno ordine habetis Achiuos,
idque audire sat est, iamdudum sumite poenas:
hoc Ithacus uelit et magno mercentur Atridae.’

彼は決して手をゆるめることなく、ついには、カルカスの助けを借りて。
だが、どうしてわたしはこんな面白くない話を長々と語るのか。
どうしてぐずぐずするのか。もしアカイア人のすべてを同列にみなし、
それさえ聞けばじゅうぶんであるのなら、ただちにこのわたしを処罰してほしい。
これこそあのイタカ人が望むこと。アトレウスの兄弟たちもそれを高く買うでしょう」。
Tum uero ardemus scitari et quaerere causas, 105
ignari scelerum tantorum artisque Pelasgae.
prosequitur pauitans et ficto pectore fatur:

このときわれわれは事情をもっと知りたい、尋ねたいと願った。
ペラスギ人のあれほど大きな悪行と策略を知らぬわれわれであったゆえ。
シノンは心を偽り、震えながら話を続けた。

‘Saepe fugam Danai Troia cupiere relicta
moliri et longo fessi discedere bello;
fecissentque utinam! saepe illos aspera ponti 110
interclusit hiems et terruit Auster euntis.

「ダナイ人はトロイアを去って逃走したい、
長い戦争に疲れた今、退却したいとなんども願いました。
本当にそうしてくれたらよかったのに。しばしば厳しい海の嵐が彼らを
封じこめ、南風がその行く手を脅かしました。

praecipue cum iam hic trabibus contextus acernis
staret equus, toto sonuerunt aethere nimbi.
suspensi Eurypylum scitatum oracula Phoebi
mittimus, isque adytis haec tristia dicta reportat: 115

とりわけ、楓の木で組んだ馬がここに立ったときは、
大空いっぱいに雷雲が音をあげました。
われわれは不安に駆られ、アポロの神託を伺うためエウリュピュルスを
派遣したところ、彼は神殿から次の悲しむべき言葉を持ち帰ったのです。

“sanguine placastis uentos et uirgine caesa,
cum primum Iliacas, Danai, uenistis ad oras;
sanguine quaerendi reditus animaque litandum
Argolica.” uulgi quae uox ut uenit ad auris,
obstipuere animi gelidusque per ima cucurrit 120
ossa tremor, cui fata parent, quem poscat Apollo.

「ダナイ人よ、なんじらはひとりの乙女を殺し、その血によってかつて風をなだめた、
はじめてイーリウムの岸辺にやってきたときには。
今こそ血によって帰路を求めるときがきた。今度はアルゴス人の命によって
吉兆を得るときだ」。この言葉が群衆の耳に入ったとき、
彼らの心は呆然とし、冷たい震えが骨の髄を走り抜けました。
だれにそのような運命が訪れるのか、アポロはだれを求めるのか、と。

hic Ithacus uatem magno Calchanta tumultu
protrahit in medios; quae sint ea numina diuum
flagitat. et mihi iam multi crudele canebant
artificis scelus, et taciti uentura uidebant. 125
bis quinos silet ille dies tectusque recusat
prodere uoce sua quemquam aut opponere morti.

このときです。あのイタカ人が予言者カルカスを騒然とした
群集の中に連れ出し、神々の意志は何であるのかを
しつこく問うたのは。すでに多くの者がわたしに
策士のたくらみを警告し、黙って事の成り行きを見ていました。
十日間カルカスは沈黙し、天幕の中にこもったまま拒みました。
自分の口から誰かの名を公にすることも、誰かを死に直面させることも。

カルカスの予言(2.128-161)

uix tandem, magnis Ithaci clamoribus actus,
composito rumpit uocem et me destinat arae.
adsensere omnes et, quae sibi quisque timebat, 130
unius in miseri exitium conuersa tulere.

しかしようやくイタカ人の大きな声に引き出され、
申し合わせたとおり、声を張り上げ、わたしを祭壇に捧げることを求めたのです。
一同これに同意し、それまで内心怯えていたことが、
一人の惨めな男の破滅に向けられたのを見てこれを容認しました。

iamque dies infanda aderat; mihi sacra parari
et salsae fruges et circum tempora uittae.
eripui, fateor, leto me et uincula rupi,
limosoque lacu per noctem obscurus in ulua 135
delitui dum uela darent, si forte dedissent.

ついに、語るもはばかられる日が訪れました。わたしの儀式が準備されました。
塩漬けされた穀物と、額のまわりには髪ひもがあてがわれました。
でも、告白すれば、わたしは縄をうち破り、死を逃れたのです。
泥だらけの沼の中で、夜通し菅に身を包み隠れました。
ギリシア軍が出帆するなら、出帆するまでは隠れようと念じながら。

nec mihi iam patriam antiquam spes ulla uidendi
nec dulcis natos exoptatumque parentem,
quos illi fors et poenas ob nostra reposcent
effugia, et culpam hanc miserorum morte piabunt. 140

わたしにはもはや懐かしい祖国を眺めるという希望はない。
かわいい子供たち、待ち焦がれた父に会うという希望も。
連中は、わたしの逃亡を理由に彼らを処罰し、
その哀れな者たちの死によって、わたしの罪を清めようとするでしょう。

quod te per superos et conscia numina ueri,
per si qua est quae restet adhuc mortalibus usquam
intemerata fides, oro, miserere laborum
tantorum, miserere animi non digna ferentis.’

天上の神々、真実を知る神の力、
さらに、もし人々の間で今も汚されぬまま見出すことができるなら、
その信義にかけて、わたしは祈る。これほど大きな苦悩を
哀れみたまえ。不当な苦しみに堪えるわが心を哀れみたまえ」。

His lacrimis uitam damus et miserescimus ultro. 145
ipse uiro primus manicas atque arta leuari
uincla iubet Priamus dictisque ita fatur amicis:

この涙に免じて、われわれは命を与え、哀れみもした。
プリアムス自ら、最初に、彼の鎖としっかり結んだ縄をほどくよう命じた。
そして親しみを込めた言葉で次のように語る。

‘quisquis es, amissos hinc iam obliuiscere Graios
(noster eris) mihique haec edissere uera roganti:
quo molem hanc immanis equi statuere? quis auctor? 150
quidue petunt? quae religio? aut quae machina belli?’

「おまえが誰であれ、これからは、失ったギリシア人のことは忘れるがよい。
おまえはわれわれの仲間だ。だが、わたしに本当のことを教えてくれ。
なぜ彼らは、巨大な馬の塊を立てたのか。誰の提案なのか。
何を求めているのか。いかなる宗教によるのか。あるいは戦争の道具なのか」。

dixerat. ille dolis instructus et arte Pelasga
sustulit exutas uinclis ad sidera palmas:
‘uos, aeterni ignes, et non uiolabile uestrum
testor numen,’ ait, ‘uos arae ensesque nefandi, 155
quos fugi, uittaeque deum, quas hostia gessi:
fas mihi Graiorum sacrata resoluere iura,
fas odisse uiros atque omnia ferre sub auras,
si qua tegunt, teneor patriae nec legibus ullis.
tu modo promissis maneas seruataque serues 160
Troia fidem, si uera feram, si magna rependam.

このようにプリアムスは語った。ペラスギ人の策略と手管に長けたシノンは、
縄から解放された両手を星々に向けて高く掲げ、
「汝ら、永遠の炎よ、侵されることのない
神性にかけて誓う」と言った。「汝ら、祭壇とわたしが逃れた
忌まわしい剣よ。犠牲となるわたしが身につけた神々の頭飾りよ。
ギリシア人との間に交わした神聖な約束を破ってもわたしには許される。
彼らを憎むことは正しい。彼らが何か隠し事をしているなら、
そのすべてを白日の下にさらしてもよい。わたしは祖国のいかなる法にも
 束縛されてはいないのだ。
トロイアよ、汝は神々の約束を守るがよい。守られたなら信義を守るのだ、
わたしが真実を語り、大いなる償いをするかぎり。

木馬の意味(2.162-194)

omnis spes Danaum et coepti fiducia belli
Palladis auxiliis semper stetit. impius ex quo
Tydides sed enim scelerumque inuentor Vlixes,
fatale adgressi sacrato auellere templo 165
Palladium caesis summae custodibus arcis,
corripuere sacram effigiem manibusque cruentis
uirgineas ausi diuae contingere uittas,
ex illo fluere ac retro sublapsa referri
spes Danaum, fractae uires, auersa deae mens. 170

ダナイ人のすべての希望と開始された戦争への自信は、
常にパッラスの助力とともにありました。しかし、不敬な
テューデウスの子と罪をたくらむウリクセスが
聖なる神殿から運命を握るパラディウムを奪い取り、
また、城塞の頂の護衛を殺した上、
神聖な像をひったくり、血濡れた手で
処女神の髪ひもにふれる暴挙に出て以来、
ダナイ人の希望は流れ、後退し、
力は弱められ、女神の心は離れました。

nec dubiis ea signa dedit Tritonia monstris.
uix positum castris simulacrum: arsere coruscae
luminibus flammae arrectis, salsusque per artus
sudor iit, terque ipsa solo (mirabile dictu)
emicuit parmamque ferens hastamque trementem. 175
extemplo temptanda fuga canit aequora Calchas,
nec posse Argolicis exscindi Pergama telis
omina ni repetant Argis numenque reducant
quod pelago et curuis secum auexere carinis.

トリートン生まれの女神は、疑う余地のない予兆で警告を与えました。
陣営に女神の像が置くか置かないかのときです。見開いた両目からきらめくように
炎が燃え上がりました。塩気の多い汗が
体全体を流れ、語るも不思議、女神自ら三度も地面から
飛び上がったのです、盾と揺れる槍を手に持って。
ただちにカルカスは警告しました、海に脱出を試みなければならない、
ペルガマはアルゴスの武器を用いて攻め落とすことはできない、
アルゴスで新たに神託をうかがわぬ限り、また、曲がった船に乗せて
海を超えて運び去った神像を再び祖国に持ち帰らぬ限りは。

et nunc quod patrias uento petiere Mycenas, 180
arma deosque parant comites pelagoque remenso
improuisi aderunt; ita digerit omina Calchas.
hanc pro Palladio moniti, pro numine laeso
effigiem statuere, nefas quae triste piaret.

今、彼らが風に乗って祖国ミュケーナエに向けて旅立ったのは、
戦力と神々を味方につけるためであります。再び海を引き返し、
不意に目の前に現れます。カルカスはこのように予兆を解きました。
彼の警告を受け、彼らはこの像をパラディウムへの償いとして、また、
 神威を傷つけた償いとして
建立しました。忌まわしい罪の穢れを清めることを期待してのこと。

hanc tamen immensam Calchas attollere molem 185
roboribus textis caeloque educere iussit,
ne recipi portis aut duci in moenia posset,
neu populum antiqua sub religione tueri.

しかしカルカスは、これを巨大な塊としてそびえ立たせよ、
材木を組み合わせて、天まで伸ばせと命じました。
この像が城門から中に受け入れられぬように、また、城内に導かれぬように、
さらに、古くからの信仰に篤い人民を護ることのないようにするためでした。

nam si uestra manus uiolasset dona Mineruae,
tum magnum exitium (quod di prius omen in ipsum 190
conuertant!) Priami imperio Phrygibusque futurum;
sin manibus uestris uestram ascendisset in urbem,
ultro Asiam magno Pelopea ad moenia bello
uenturam, et nostros ea fata manere nepotes.’

じっさい、あなたがたがミネルウァの捧げものに狼藉をはたらくなら、
そのときこそ、最大の破滅が――この予兆を神々は真っ先にあの男に
与えますように!――プリアムスの支配権とプリュギア人に及ぶでしょう。
しかし、もしあなたがたの手によって、それがあなたがたの都にそびえ立つならば、
今度はアジアが大戦争を引き起こしてペロプスの城壁まで
攻め入り、われわれの孫の代までその運命は及ぶことでしょう」。

ラオコオンの悲劇(2.195-227)

Talibus insidiis periurique arte Sinonis 195
credita res, captique dolis lacrimisque coactis
quos neque Tydides nec Larisaeus Achilles,
non anni domuere decem, non mille carinae.

このような罠と邪なシノンの狡猾さによって、
その話は信じられた。策略と絞り出された涙にまんまとだまされたのだ。
われわれを倒したのはテュデウスの子でもアキレウスでもなく、
一〇年の年月でも一〇〇〇の軍艦でもなかった。

Hic aliud maius miseris multoque tremendum
obicitur magis atque improuida pectora turbat. 200
Laocoon, ductus Neptuno sorte sacerdos,
sollemnis taurum ingentem mactabat ad aras.

このとき、哀れなわれわれの目の前に、いっそう大きな恐るべき出来事が
展開し、予期せぬ心をかき乱した。
籤によってネプトゥヌスに仕える神官に選ばれたラオコオンは、
厳粛な祭壇で大きな牛を犠牲に捧げようとしていた。

ecce autem gemini a Tenedo tranquilla per alta
(horresco referens) immensis orbibus angues
incumbunt pelago pariterque ad litora tendunt; 205

するとどうだろう、テネドスから、凪いだ海を渡り、
――わたしは語りながら震えが止まらない――、巨大なとぐろを巻いた二頭の蛇が、
海の上を這いながら、並んで海岸を目指しているではないか。

pectora quorum inter fluctus arrecta iubaeque
sanguineae superant undas, pars cetera pontum
pone legit sinuatque immensa uolumine terga.
fit sonitus spumante salo; iamque arua tenebant
ardentisque oculos suffecti sanguine et igni 210
sibila lambebant linguis uibrantibus ora.

胸は波の上に直立し、血の色をしたたてがみが
海面にそびえ立つ。残りの部分は海のうねりを
後ろから集めつつ、巨大な背中をとぐろでくねらせている。
泡立つ海から轟音が聞こえる。大蛇は今まさに陸に上がり、
燃え上がる両目を血と火で満たし、
しゅーしゅー音を立てる口を震える舌でなめている。

diffugimus uisu exsangues. illi agmine certo
Laocoonta petunt; et primum parua duorum
corpora natorum serpens amplexus uterque
implicat et miseros morsu depascitur artus; 215

この光景に血の気を失ったわれわれは、ちりぢりに逃げた。大蛇はまっすぐに
ラオコオンを目指している。手始めに、ヘビはめいめい
二人の子供の小さな体に巻きつくと、
それを締め上げ、痛々しい幼い体を一口で飲み込んだ。

post ipsum auxilio subeuntem ac tela ferentem
corripiunt spirisque ligant ingentibus; et iam
bis medium amplexi, bis collo squamea circum
terga dati superant capite et ceruicibus altis.

次に、武器を手に助けに駆けつけたラオコオン自身を
つかまえ、巨大なとぐろで締め付けた。そして今や
彼の体の真中に二重に巻きつくと、鱗のある背中のあたりで
二度首を締め上げ、長い首の上に頭をのせて聳え立った。

ille simul manibus tendit diuellere nodos 220
perfusus sanie uittas atroque ueneno,
clamores simul horrendos ad sidera tollit:
qualis mugitus, fugit cum saucius aram
taurus et incertam excussit ceruice securim.
at gemini lapsu delubra ad summa dracones 225
effugiunt saeuaeque petunt Tritonidis arcem,
sub pedibusque deae clipeique sub orbe teguntur.

ラオコオンは両手で結び目を引き裂こうともがく。
額のリボンは血糊と黒い毒に塗れていた。
そして恐ろしい叫び声を天に向かって発した、
さながら傷つけられた雄牛が祭壇を逃れ、
決心の定まらぬ斧を首から振り払うときのうめき声にも似て。
だが、二頭の大蛇は高い神殿に向かってすべるように
逃げ去り、残酷なアテネの砦を目指すと、
女神の足元、盾の円形部分の下に隠れた。

木馬を受け入れたトロイア人(2.228-267)

tum uero tremefacta nouus per pectora cunctis
insinuat pauor, et scelus expendisse merentem
Laocoonta ferunt, sacrum qui cuspide robur 230
laeserit et tergo sceleratam intorserit hastam.
ducendum ad sedes simulacrum orandaque diuae
numina conclamant.

そのとき一同のおののく心の中に、新たな
恐怖がわき起こった。ラオコオンは当然の罪の償いをしたのだと
人々は言う。神聖な樫の木の固まりを刃によって
傷つけ、木馬の背中に罪深い槍を投げつけたのだから。
そして、木馬の像を神殿の中に導き入れ、女神の
神意に祈りを捧げるべきだと大声で叫んだ。(233)

diuidimus muros et moenia pandimus urbis.
accingunt omnes operi pedibusque rotarum 235
subiciunt lapsus, et stuppea uincula collo
intendunt; scandit fatalis machina muros
feta armis. pueri circum innuptaeque puellae
sacra canunt funemque manu contingere gaudent;
illa subit mediaeque minans inlabitur urbi. 240

われわれは城門を開け、都の城塞を開け放った。
全員で仕事に取り掛かる。馬の足の下には
それを動かす車輪を敷き、首からは麻くずの帯を
引っ張った。この運命の仕掛けは武器をいっぱいに詰め込んで
城を登った。その周りで少年たちと結婚前の乙女たちは
神聖な歌を歌い、嬉々として綱を手にした。
木馬は城を登り、威嚇するように都の中心にすべり降りた。

o patria, o diuum domus Ilium et incluta bello
moenia Dardanidum! quater ipso in limine portae
substitit atque utero sonitum quater arma dedere;
instamus tamen immemores caecique furore
et monstrum infelix sacrata sistimus arce. 245

おお祖国よ、おお神々の館イリウムよ、戦において誉れ高き
ダルダニアの城塞よ、城門の敷居の部分で、四度
木馬は動きを止め、四度木馬の腹の中で武器が鳴り響いた。
だが、われわれは何も考えずに突き進み、狂喜のあまり盲目になり、
不幸を呼ぶ怪物を神聖な城の中に安置した。

tunc etiam fatis aperit Cassandra futuris
ora dei iussu non umquam credita Teucris.
nos delubra deum miseri, quibus ultimus esset
ille dies, festa uelamus fronde per urbem.

このときカサンドラは来るべき運命について口を開いたが、
神の命令により、決してテウケル人に信じてもらえなかった。
哀れなわれわれには、あと一日しか命はなかったが、
哀れにも都中の神殿を祝祭の枝で飾り付けた。

Vertitur interea caelum et ruit Oceano nox 250
inuoluens umbra magna terramque polumque
Myrmidonumque dolos; fusi per moenia Teucri
conticuere; sopor fessos complectitur artus.

やがて天が傾き、夜がオケアヌスから飛び出した。
大いなる陰を伴い、大地と天空、さらには
ギリシア人の策略を覆いながら。城塞の中ではテウケル人が体を横たえ、
眠りに落ちた。疲れた四肢を眠りが捕らえていた。

et iam Argiua phalanx instructis nauibus ibat
a Tenedo tacitae per amica silentia lunae 255
litora nota petens, flammas cum regia puppis
extulerat, fatisque deum defensus iniquis
inclusos utero Danaos et pinea furtim
laxat claustra Sinon. illos patefactus ad auras
reddit equus laetique cauo se robore promunt 260
Thessandrus Sthenelusque duces et dirus Vlixes,
demissum lapsi per funem, Acamasque Thoasque
Pelidesque Neoptolemus primusque Machaon
et Menelaus et ipse doli fabricator Epeos.

そして今、ギリシアの軍勢が、戦艦の隊列を整え、
テネドス島から迫りしつつあった。静かな月の親しみある沈黙の中で、
彼らはなじみ深い海岸を目指していた。このとき、王の乗る船は炎を
掲げていた。シノンは、神々のよこしまな運命に保護されながら
木馬の腹の松の木づくりの檻を開き、ダナイ人を開放した。腹を開いた木馬は、
彼らを外の空気の中へと戻した。中空の樫の木の中から嬉々として出てきたのは、
テッサンドルス、ステネルスといった指揮官たち、恐るべきウリクセス。
彼らは地面に下ろされた綱を伝って降りてきた。さらに、アカマス、トアス、
ペレウスの血を引くネオプトレムス、指導者マカオン、
メネラウス、木馬の製作者エペウスも。

inuadunt urbem somno uinoque sepultam; 265
caeduntur uigiles, portisque patentibus omnis
accipiunt socios atque agmina conscia iungunt.

彼らは眠りと酒で酔いつぶれた都の中に進入する。
警護の者たちを殺し、城門をあけると、すべての
仲間たちを招き入れ、罪に荷担する一団を結成した。

夢枕にたつヘクトル(2.268-295 )

Tempus erat quo prima quies mortalibus aegris
incipit et dono diuum gratissima serpit.

最初の休息が疲れた人間の中に芽生え、
神々の贈り物によって最も甘美なものとなって忍び込む、
 ちょうどそんな時であった。

in somnis, ecce, ante oculos maestissimus Hector 270
uisus adesse mihi largosque effundere fletus,
raptatus bigis ut quondam, aterque cruento
puluere perque pedes traiectus lora tumentis.

夢の中で、見よ、悲痛な面持ちのヘクトルが目の前に現れ、
あふれんばかりに涙をこぼすのが見られたのだ。
かつて戦車に体を引き裂かれたときのように、血の混じった砂埃で
どす黒く見えた。張れあがった足には鞭の皮ひもが貫かれている。

ei mihi, qualis erat, quantum mutatus ab illo
Hectore qui redit exuuias indutus Achilli 275
uel Danaum Phrygios iaculatus puppibus ignis!

おお何という姿だ。あのヘクトルとどれほど異なって見えたか。
アキレスの武具を身にまとって凱旋したときのヘクトル、
プリュギアの炎をダナイ人の艦船に投げつけたときのヘクトルと。

squalentem barbam et concretos sanguine crinis
uulneraque illa gerens, quae circum plurima muros
accepit patrios. ultro flens ipse uidebar
compellare uirum et maestas expromere uoces: 280

鱗のような髭と血糊で固まった髪、
祖国の城壁の周りで受けた数限りない傷跡も見せていた。
思わずわたしは涙を流していたようだ。
英雄に言葉をかけ、悲しい声を振り絞った。

‘o lux Dardaniae, spes o fidissima Teucrum,
quae tantae tenuere morae? quibus Hector ab oris
exspectate uenis? ut te post multa tuorum
funera, post uarios hominumque urbisque labores
defessi aspicimus! quae causa indigna serenos 285
foedauit uultus? aut cur haec uulnera cerno?’
ille nihil, nec me quaerentem uana moratur,
sed grauiter gemitus imo de pectore ducens,
‘heu fuge, nate dea, teque his’ ait ‘eripe flammis.

「おおダルダニアの光、テウクリア人の中で最も頼りになる希望よ、
なぜこんなに遅れてきたのか。ヘクトル、待ち焦がれたぞ。どこの岸から
ここに現れたのか。おまえの一族も数多く命を奪われ、
人間も都もあらゆる苦しみを味わった今になって、
われわれは疲弊困憊となってからおまえを見るのか。なにが原因なのか。
不当にもおまえの晴れやかな顔を汚したのは。どうしてこんな傷を目に
 しなければならぬのか」。
彼は何も答えず、意味のないことを問うわたしにはかまわずに、
胸の奥底から深いうめき声をあげて、
「ああ、女神の子よ、逃げろ」と言う。「この炎の中から自分を救い出せ。

hostis habet muros; ruit alto a culmine Troia. 290
sat patriae Priamoque datum: si Pergama dextra
defendi possent, etiam hac defensa fuissent.
sacra suosque tibi commendat Troia penatis;
hos cape fatorum comites, his moenia quaere
magna pererrato statues quae denique ponto.’ 295

城は敵の手に落ちた。トロイアはその高みから崩壊する。
祖国とプリアムスには十二分に尽くした。右手でペルガマを
護ることができるなら、この右手でこそ可能であったはずだ。
今、トロイアは己の聖物と先祖の神々をおまえに託す。
これらを運命の道連れとして受け取れ。これらを置く城市を探せ。
大きな海を放浪したのち、ついにおまえが築く大きな都のために」。

トロイア炎上(2.296-321)

sic ait et manibus uittas Vestamque potentem
aeternumque adytis effert penetralibus ignem.

ヘクトルはこのように述べ、両手で祠の奥から頭飾と霊験あらたかな
 ウェスタ女神と
永遠に消えることのない炎を運び出した。

Diuerso interea miscentur moenia luctu,
et magis atque magis, quamquam secreta parentis
Anchisae domus arboribusque obtecta recessit, 300
clarescunt sonitus armorumque ingruit horror.

この間、城内は様々なうめき声で混乱した。
父アンキーセスの館も、木々に守られ、奥まった場所に
ひっそりと位置していたが、次第に
大音声が聞こえ、戦闘の恐怖が押し寄せた。

excutior somno et summi fastigia tecti
ascensu supero atque arrectis auribus asto:

わたしは眠りから覚めると館のてっぺんに
駆け上がり、耳を直立させて立ちつくす。

in segetem ueluti cum flamma furentibus Austris
incidit, aut rapidus montano flumine torrens 305
sternit agros, sternit sata laeta boumque labores
praecipitisque trahit siluas; stupet inscius alto
accipiens sonitum saxi de uertice pastor.

さながら南風が吹き荒れ、炎が畑を
襲うとき、あるいは、山あいから流れ落ちる川が勢いよく
田畑をなぎ倒すときのように。豊かな実りと牛の労働の成果をなぎ倒し、
まっさかさまに木々をひきずって流れるとき、牧人は岩山の頂から
音を聞き、何もわからぬまま呆然とする。

tum uero manifesta fides, Danaumque patescunt
insidiae. iam Deiphobi dedit ampla ruinam 310
Volcano superante domus, iam proximus ardet
Vcalegon; Sigea igni freta lata relucent.

だがこのとき、信義とダナイ人のはかりごとが
明るみに出た。今やデイポブスの大きな屋敷も、
火の神に襲われて崩れ落ちた。さらに隣接するウカレゴンの屋敷も
焼かれている。シゲーウムの広い海峡も炎を反射して赤々と輝く。

exoritur clamorque uirum clangorque tubarum.
arma amens capio; nec sat rationis in armis,
sed glomerare manum bello et concurrere in arcem 315
cum sociis ardent animi; furor iraque mentem
praecipitat, pulchrumque mori succurrit in armis.

男たちの叫び声と戦闘ラッパの鳴り響く音がわきおこる。
わたしは無我夢中で武器をつかむ。武器を手に取る十分の理由も見出せぬままに。
だが、戦闘に備えて兵を集め、仲間と共に城塞にはせ参じようと
心は燃え上がる。狂気と怒りが心を駆りたて、
戦場で死ぬことは美しいという思いが胸をよぎった。

Ecce autem telis Panthus elapsus Achiuum,
Panthus Othryades, arcis Phoebique sacerdos,
sacra manu uictosque deos paruumque nepotem 320
ipse trahit cursuque amens ad limina tendit.

見よ、パントゥスがアカイア人の槍を逃れてくる。
オトリュスの子にしてポエブスの神殿の祭司であるパントゥスは、
聖物と破れた神々を携え、幼い孫の手を引きながら、
気も狂わんばかりに戸口に駆け付ける。

敗者に残された唯一の救済(2.322-354)

‘quo res summa loco, Panthu? quam prendimus arcem?’
uix ea fatus eram gemitu cum talia reddit:

「パントゥスよ、どこに最大の山場があるのか。どの要塞に
 向かえばよいのか」。
わたしがこう言うやいなや、彼は嘆きつつ、次のように答える。

‘uenit summa dies et ineluctabile tempus
Dardaniae. fuimus Troes, fuit Ilium et ingens 325
gloria Teucrorum; ferus omnia Iuppiter Argos
transtulit; incensa Danai dominantur in urbe.

「最後の一日が来た。避けることのできない時が
ダルダニアに。われわれトロイア人もイーリウムも、偉大な
テウクリア人の栄光も過去のものとなった。残酷なユピテルが、すべてをアルゴスに
運んでしまった。ダナイ人は都に火を放ち、支配している。

arduus armatos mediis in moenibus astans
fundit equus uictorque Sinon incendia miscet
insultans. portis alii bipatentibus adsunt, 330
milia quot magnis umquam uenere Mycenis;
obsedere alii telis angusta uiarum
oppositis; stat ferri acies mucrone corusco
stricta, parata neci; uix primi proelia temptant
portarum uigiles et caeco Marte resistunt.’ 335

城市の中央に高くそびえ立つ
馬から武装兵があふれ出た。勝ち誇ったシノンが小躍りして
火を放つ。別の軍勢が二つにあけはなった城門に来ている。
大いなるミュケーナエからかつて来た数千の兵士たちだ。
また別に、隘路をふさぎ迎撃の槍を構える
部隊もいる。きっさきを左右に揺らせながら剣の戦列が並び、
葬る手はずを整えている。わが城門の警備兵も、盲目の戦闘状況の中では
最初の戦いを試みることも、抵抗することもほとんどできなかった」。

talibus Othryadae dictis et numine diuum
in flammas et in arma feror, quo tristis Erinys,
quo fremitus uocat et sublatus ad aethera clamor.
addunt se socios Rhipeus et maximus armis
Epytus, oblati per lunam, Hypanisque Dymasque 340
et lateri adglomerant nostro, iuuenisque Coroebus
Mygdonides?illis ad Troiam forte diebus
uenerat insano Cassandrae incensus amore
et gener auxilium Priamo Phrygibusque ferebat,
infelix qui non sponsae praecepta furentis 345
audierit!

オトリュスの子のこのような言葉と神々の意志に駆られ、
わたしは炎と戦闘の中へと向かった。残酷なエリニュスが呼ぶところ、
どよめきや天に発せられた叫び声が呼ぶところへと。
仲間に加わったのは、リーペウスと武器の達人
エピュトゥスで、月明かりに照らされて現れた。ヒュパニスとデュマスも
われわれのそばに集まる。ミュグドンの子でまだ若い
コロエブスもいた。彼はたまたまこの頃トロイアを
訪れ、カッサンドラへの狂おしい恋に燃えた。
婿となりプリアムスとプリュギア人に力を貸そうとさえした。
不幸な者よ、神がかりになった婚約者の忠告を
無視したとは。

quos ubi confertos ardere in proelia uidi,
incipio super his: ‘iuuenes, fortissima frustra
pectora, si uobis audentem extrema cupido
certa sequi, quae sit rebus fortuna uidetis: 350
excessere omnes adytis arisque relictis
di quibus imperium hoc steterat; succurritis urbi
incensae. moriamur et in media arma ruamus.
una salus uictis nullam sperare salutem.’

彼らが一団となり、心を燃やして戦場に向かうのを見たとき、
わたしは彼らに向かってこう語り出す。「若者たちよ。最高の勇気を空しく抱く
者たちよ。わたしは最後まで命を懸ける。わたしに従いたいと諸君が願い、
それが不動のものだとしても、この場における運命がいかなるものかは見ての通りだ。
すべての神々が神殿と祭壇をあとにして出ていった。
わが国の支配権はこれらの神々とともに健在であったのだ。諸君は
炎に包まれた都を助けに行くのだ。命を投げ出そう。戦場のまっただ中に突き進もう。
いかなる救済も期待しないこと、これぞ敗者に残された唯一の救済なのだ」。

トロイアの崩壊(2.355-369)

sic animis iuuenum furor additus. inde, lupi ceu 355
raptores atra in nebula, quos improba uentris
exegit caecos rabies catulique relicti
faucibus exspectant siccis, per tela, per hostis
uadimus haud dubiam in mortem mediaeque tenemus
urbis iter; nox atra caua circumuolat umbra. 360

このようにして若者たちの勇気に狂気が加わる。その後は、さながら
黒い霧の中に潜む貪欲な狼のよう。胃袋の無法な狂気が
盲目な彼らを駆り立て、家に残された仔らは
乾いたあごで待ちわびている。そのように、槍の中、敵の中を
われわれは突き進む。今や目前に迫った死に向かって、都の中心に
道を取りつつ。周りでは漆黒の夜が中空の影を伴って羽ばたいている。

quis cladem illius noctis, quis funera fando
explicet aut possit lacrimis aequare labores?
urbs antiqua ruit multos dominata per annos;
plurima perque uias sternuntur inertia passim
corpora perque domos et religiosa deorum 365
limina. nec soli poenas dant sanguine Teucri;
quondam etiam uictis redit in praecordia uirtus
uictoresque cadunt Danai. crudelis ubique
luctus, ubique pauor et plurima mortis imago.

誰があの夜の破壊を、誰があの殺戮について
語り尽くすことができよう。涙を流してあの苦しみに匹敵できようか。
長き歳月にわたって君臨した古の都が崩壊したのだ。
道という道、家々、神々の聖なる門口には、
無数の体が力なく倒されていた。
だが、血によって罪をあがなったのはテウクリア人だけではなかった。
時折敗者の心に闘争心がよみがえり、
勝ち誇るダナイ人が倒れた。あらゆる場所で哀れな
嗚咽が聞かれ、至る所で恐怖と死の姿が数多見られた。

アンドロゲオスの油断(2.370-401)

Primus se Danaum magna comitante caterua 370
Androgeos offert nobis, socia agmina credens
inscius, atque ultro uerbis compellat amicis:

真っ先にダナイ人の大部隊を従えてわれわれの前に姿を現したのは
アンドロゲオスであった。うっかりわれわれを友軍と信じ、
親しみを込めた言葉で、先にこう話しかけてくる。

‘festinate, uiri! nam quae tam sera moratur
segnities? alii rapiunt incensa feruntque
Pergama: uos celsis nunc primum a nauibus itis?’ 375

「勇士たちよ、急ぐのだ。何という怠慢か。これほどまでぐずぐず
とどまっているとは。ほかの者たちは奪ったものを運び出している。燃えさかる
ペルガマからな。おまえたちは今ごろようやく、そびえる船からやってきたのか」。

dixit, et extemplo (neque enim responsa dabantur
fida satis) sensit medios delapsus in hostis.
obstipuit retroque pedem cum uoce repressit.

彼はこう言い放ったが、ただちに――信頼に足る返事をもらえなかったからだが――
敵陣のまっただ中にいるのを悟った。
呆然と言葉を失い、引き返す足と声を止めた。

improuisum aspris ueluti qui sentibus anguem
pressit humi nitens trepidusque repente refugit 380
attollentem iras et caerula colla tumentem,
haud secus Androgeos uisu tremefactus abibat.

その姿はさながら荒れた藪の中で、不意に蛇を踏みつけた人のよう。
地面に踏みこんだ人間が、恐れおののき急に逃げ出したが、
蛇は、怒りにまかせて頭をもたげ、青黒い頭を大きく膨らませている。
そのようにアンドロゲオスは目の前の光景に肝をつぶし、逃げ去ろうとした。

inruimus densis et circumfundimur armis,
ignarosque loci passim et formidine captos
sternimus; aspirat primo Fortuna labori. 385

われわれは彼に襲いかかり、武器を密集させてまわりを取り囲む。
こうして土地勘がなく恐怖におののく敵たちを至るところで
なぎ倒した。われわれの最初の奮闘に対し、運命の女神は助力を吹き込んだ。

atque hic successu exsultans animisque Coroebus
‘o socii, qua prima’ inquit ‘Fortuna salutis
monstrat iter, quaque ostendit se dextra, sequamur:
mutemus clipeos Danaumque insignia nobis
aptemus. dolus an uirtus, quis in hoste requirat? 390
arma dabunt ipsi.’ sic fatus deinde comantem
Androgei galeam clipeique insigne decorum
induitur laterique Argiuum accommodat ensem.

このとき成功に奮い立ったコロエブスは、魂を込めて
「おお仲間の者よ」と言う。「運命が最初に救済の
道を示し、幸運の女神として現れた場所に向かおう。
盾を交換し、ダナイ人の紋章を身に
つけるのだ。策略か武勇か、敵の中にいて誰が問うか。
敵は武具まで与えてくれるぞ」。こう言うと、ただちに
毛飾りのついたアンドロゲオスの兜、美しい紋章のついた盾を
身につけ、脇にはアルゴスの剣をさした。

hoc Rhipeus, hoc ipse Dymas omnisque iuuentus
laeta facit: spoliis se quisque recentibus armat. 395
uadimus immixti Danais haud numine nostro
multaque per caecam congressi proelia noctem
conserimus, multos Danaum demittimus Orco.
diffugiunt alii ad nauis et litora cursu
fida petunt; pars ingentem formidine turpi 400
scandunt rursus equum et nota conduntur in aluo.

同じことをリーペウスとデュマス、そしてすべての若者たちが
喜んで行う。めいめいが新しく獲得した武具で身を整えた。
われわれはダナイ人に混ざって進むが、神の加護はない。
われわれは盲目の闇の中で多くの白兵戦を行い、
多くのダナイ人を冥界へと突き落とした。
船まで逃げていく者、また安心できる海岸まで
駆けていく者もいる。別の者たちは恥ずべき恐怖のあまり、
再び巨大な木馬に上り、勝手を知った腹の中に隠れる。

コロエブスの死(2.402-430)

Heu nihil inuitis fas quemquam fidere diuis!
ecce trahebatur passis Priameia uirgo
crinibus a templo Cassandra adytisque Mineruae
ad caelum tendens ardentia lumina frustra, 405
lumina, nam teneras arcebant uincula palmas.

ああ、好意をもたぬ神々を信じることは、やはり正しくないことであった。
見よ、プリアムスの娘カッサンドラが髪を振り乱し、
ミネルウァ神殿の神聖な社の中からひきずられていく姿を。
赤く燃える瞳を天に向けるもむなしい。
瞳を天に向ける他ないのは、柔らかな掌を手枷が押さえていたからである。

non tulit hanc speciem furiata mente Coroebus
et sese medium iniecit periturus in agmen;
consequimur cuncti et densis incurrimus armis.
hic primum ex alto delubri culmine telis 410
nostrorum obruimur oriturque miserrima caedes
armorum facie et Graiarum errore iubarum.

コロエブスはこの光景に我慢できず、狂気につかれた心で
死を覚悟し、敵の隊列の中に突進した。
われわれは一丸となって彼の後を追い、武器を密集させて攻撃する。
だが、このときはじめて、神殿の高い屋根の上から、
味方の投げ槍による攻撃を受け、最も惨めな殺戮が生じた。
武具の外観とギリシアの毛飾りによって誤認されたためである。

tum Danai gemitu atque ereptae uirginis ira
undique collecti inuadunt, acerrimus Aiax
et gemini Atridae Dolopumque exercitus omnis: 415
aduersi rupto ceu quondam turbine uenti
confligunt, Zephyrusque Notusque et laetus Eois
Eurus equis; stridunt siluae saeuitque tridenti
spumeus atque imo Nereus ciet aequora fundo.

このときダナイ人は、奪われた乙女に対し憤りと怒りの叫びを上げ、
四方八方より結集し、攻撃を加えた。激烈なアイアクス、
二人のアトレウスの子、ドロペス人の全軍がはせ参じる。
さながら竜巻が破裂し、西風と南風、エーオスの馬に喜ぶ東風といった
向かい合う風同士がぶつかりあうときのように。
このとき森はうなりごえをあげ、泡立つネーレウスは三叉の鉾によって荒れ狂い、
大海原をその奥底からかき乱す。

illi etiam, si quos obscura nocte per umbram 420
fudimus insidiis totaque agitauimus urbe,
apparent; primi clipeos mentitaque tela
agnoscunt atque ora sono discordia signant.

目の前には、薄暗い夜の闇の中でわれわれが
策略によって打ち倒した者たち、都中を追い回した者たちが
姿を現した。彼らは誰より早く欺瞞の盾と槍に
目をつけ、声の調子が異なることに気づいた。

ilicet obruimur numero, primusque Coroebus
Penelei dextra diuae armipotentis ad aram 425
procumbit; cadit et Rhipeus, iustissimus unus
qui fuit in Teucris et seruantissimus aequi
(dis aliter uisum); pereunt Hypanisque Dymasque
confixi a sociis; nec te tua plurima, Panthu,
labentem pietas nec Apollinis infula texit. 430

ただちにわれわれは数で圧倒される。真っ先にコロエブスが
ペネレウスの右腕によって、戦いの女神の祭壇の側で
倒された。リペウスも倒れた。テウクリア人の中で最も正義をわきまえ、
公正を最も忠実に守った男であったが、
神々の目には異なる姿に映ったのだ。ヒュパニスとデュマスも
味方の手によって刺されて死んだ。パントゥスよ、おまえのあふれんばかりの
 敬虔な心も、
額を飾るアポロの神聖な帯も、おまえが倒れるのを救うことはなかった。

追いつめられたアエネーアス(2.431-468)

Iliaci cineres et flamma extrema meorum,
testor, in occasu uestro nec tela nec ullas
uitauisse uices, Danaum et, si fata fuissent
ut caderem, meruisse manu. diuellimur inde,
Iphitus et Pelias mecum (quorum Iphitus aeuo 435
iam grauior, Pelias et uulnere tardus Vlixi),
protinus ad sedes Priami clamore uocati.

イーリウムの灰燼よ、わが同胞を焼き尽くす最後の炎よ、
わたしは誓言する。おまえたちの破滅に際し、ダナイ人の槍も脅威も、
断固避けることをしなかったし、運命が死を望めば、
わたしは命を賭けて戦って悔いはなかったと。だがわれわれは、ここでばらばらに
 引き離された。
イーピトゥスとペリアスはわたしとともに――このうちイーピトゥスは
老齢で皆より動きが重く、ペリアスはウリクセスの与えた傷のため歩みが  遅かった――
叫び声に呼び立てられ、ただちにプリアムスの館に向かう。

hic uero ingentem pugnam, ceu cetera nusquam
bella forent, nulli tota morerentur in urbe,
sic Martem indomitum Danaosque ad tecta ruentis 440
cernimus obsessumque acta testudine limen.

だが、そこで目にしたのはこの上ない規模の戦闘であった。これに比べると、
これまで戦いらしい戦いはなにもなく、都中で誰も死ななかったも同然であった。
そのように、抑制力を失った戦の神が荒れ狂い、王宮を襲撃しようとする
 ダナイ人の姿が
目に入る。彼らは亀甲隊形を組み、敷居を占拠する。

haerent parietibus scalae postisque sub ipsos
nituntur gradibus clipeosque ad tela sinistris
protecti obiciunt, prensant fastigia dextris.
Dardanidae contra turris ac tota domorum 445
culmina conuellunt; his se, quando ultima cernunt,
extrema iam in morte parant defendere telis,

敵ははしごを壁にはりつかせ、館の支柱の下から
一段ずつよじ登ってくる。矢を防ぐために盾を左手で
つき出して体を守り、右手で胸壁をつかむ。
これに対し、ダルダニアの兵は、館の塔と屋根の覆いを
すべてひきはがし、それを武器とすることで防衛のてだてとした。
彼らは王国の最期を目にし、すでに死の入り口に置かれていた。

auratasque trabes, ueterum decora alta parentum,
deuoluunt; alii strictis mucronibus imas
obsedere fores, has seruant agmine denso. 450
instaurati animi regis succurrere tectis
auxilioque leuare uiros uimque addere uictis.

黄金の梁や古の先祖の高く掲げられた装飾品も
転がせて落とす。別の者たちは剣を引き抜き階下の
扉の前をふさぎ、密集部隊を組織しその防衛につとめる。
これを見て、王宮の防御にはせ参じたいという勇気が蘇った。
助太刀によって勇士たちの労を軽くし、敗者に力を与えたい、と。

Limen erat caecaeque fores et peruius usus
tectorum inter se Priami, postesque relicti
a tergo, infelix qua se, dum regna manebant, 455
saepius Andromache ferre incomitata solebat
ad soceros et auo puerum Astyanacta trahebat.

一つの入り口があり、人目につかない扉がいくつか隠されていた。
プリアムスの王宮の館から館に通じる抜け道と、部屋の背後には
戸口が用意されていた。王国が栄えていた頃、不幸なアンドロマケは、
この道を通って従者も伴わず、足繁く夫の両親のもとに通い、
幼いアステュアナクスを祖父のもとへ連れていった。

euado ad summi fastigia culminis, unde
tela manu miseri iactabant inrita Teucri.

わたしは切り妻屋根の背の上に抜け出た。そこから
哀れなテウクリア人は手で矢を放つも空しい。

turrim in praecipiti stantem summisque sub astra 460
eductam tectis, unde omnis Troia uideri
et Danaum solitae naues et Achaica castra,
adgressi ferro circum, qua summa labantis
iuncturas tabulata dabant, conuellimus altis
sedibus impulimusque; ea lapsa repente ruinam 465
cum sonitu trahit et Danaum super agmina late
incidit. ast alii subeunt, nec saxa nec ullum
telorum interea cessat genus.

館の端に塔が立ち、星々に向かって
屋根の上から伸びている。そこからは、トロイアのすべて、
ダナイ人の船とアカイアの陣営がいつも見渡せた。
われわれはこの塔の周囲に鉄を打ちつける。塔の最上部の床が
つなぎ目をゆるくしている箇所で、高い位置から
もぎとると、力を込めて突き落とす。その突然の落下は
大音声をあげて大きな破壊をもたらし、ダナイ人の隊列を上方から
 広範囲にわたって
押しつぶした。だがまた別の敵兵たちが登ってくる。その間、
石や矢のたぐいの攻撃がやむことはない。

プリアムス王の館の最後(2.469-495)

Vestibulum ante ipsum primoque in limine Pyrrhus
exsultat telis et luce coruscus aena: 470
qualis ubi in lucem coluber mala gramina pastus,
frigida sub terra tumidum quem bruma tegebat,
nunc, positis nouus exuuiis nitidusque iuuenta,
lubrica conuoluit sublato pectore terga
arduus ad solem, et linguis micat ore trisulcis. 475

玄関前の最初の敷居あたりで、ピュルスが
武器を手に小躍りし、青銅の輝きを放ちながらきらめく。
その姿は、毒草をはむ蛇が光の中に躍り出るさまを思わせた。
寒い冬の間、大地の下に膨らんだ体を隠していた蛇は、
今や皮を脱ぎ捨て、新しい姿、若い姿を輝かせている。
胸をそらせ、つややかな背中をくねらせながら、
太陽に向かって背を伸ばすと、三つ又に分かれた舌を口の外で動かしている。

una ingens Periphas et equorum agitator Achillis,
armiger Automedon, una omnis Scyria pubes
succedunt tecto et flammas ad culmina iactant.

そばには巨漢ペリパスとアキレスの馬車を操る
盾持ちアウトメドンがいる。スキューロスのすべての若者も
館に押し寄せ、屋根に火を放っている。

ipse inter primos correpta dura bipenni
limina perrumpit postisque a cardine uellit 480
aeratos; iamque excisa trabe firma cauauit
robora et ingentem lato dedit ore fenestram.

ピュルス自身は第一線におどり出て、斧を手にすると
頑強な敷居を突き破り、青銅の柱を蝶番から
引きちぎる。今や梁を切り倒すと、堅い樫の木に穴をあけ、
広く見渡せる口を作り大きく窓を開けた。

apparet domus intus et atria longa patescunt;
apparent Priami et ueterum penetralia regum,
armatosque uident stantis in limine primo. 485

館の内部が露わになり、長く続く広間も見渡せた。
プリアムスと歴代の王たちの奥の間もその姿を見せた。
最初の敷居付近に武装兵が立っているのが見える。

at domus interior gemitu miseroque tumultu
miscetur, penitusque cauae plangoribus aedes
femineis ululant; ferit aurea sidera clamor.
tum pauidae tectis matres ingentibus errant
amplexaeque tenent postis atque oscula figunt. 490

一方、館の内部は嘆き声と惨めな混乱で
ごったがえし、がらんとした屋敷中が女たちの
詠嘆の声で反響する。叫びは黄金に輝く星々を強く動かす。
このとき、大きな館の中では、震える母たちがさまよい、
戸柱を抱きしめてつかんでは唇を押しつける。

instat ui patria Pyrrhus; nec claustra nec ipsi
custodes sufferre ualent; labat ariete crebro
ianua, et emoti procumbunt cardine postes.
fit uia ui; rumpunt aditus primosque trucidant
immissi Danai et late loca milite complent. 495

ピュルスは父ゆずりの力で攻めてくる。いかなる防壁も
護衛兵も耐えしのぐことはできない。扉はたびかさなる打撃によって
崩れ、戸柱は軸の支えから外され崩壊する。
力で道ができあがる。突破口を押し広げ、最前列のトロイア兵を切って捨てると、
ダナイ人は勢いよくなだれ込み、あたり一面を兵で満たした。

プリアムス王の死(1)(2.496-525)

non sic, aggeribus ruptis cum spumeus amnis
exiit oppositasque euicit gurgite moles,
fertur in arua furens cumulo camposque per omnis
cum stabulis armenta trahit. uidi ipse furentem
caede Neoptolemum geminosque in limine Atridas, 500
uidi Hecubam centumque nurus Priamumque per aras
sanguine foedantem quos ipse sacrauerat ignis.

その勢いは例えようもない。泡立つ濁流が土盛りを破り
溢れ出し、立ち向かう堤を渦で征服した後、
大きな塊となって畑地で荒れ狂い、野原の隅々まで
家畜の群れを小屋ごと引きずり流す。その勢いすら越えていた。わたしは
 この目で見た、荒れ狂って
殺戮を繰り返すネオプトレムス、さらには入り口にいたアトレウスの二人の子を。
また、ヘクバと百人の娘を見た。プリアモス王は祭壇のあたりで
かつて自ら浄めた炎を血によって汚していた。

quinquaginta illi thalami, spes tanta nepotum,
barbarico postes auro spoliisque superbi
procubuere; tenent Danai qua deficit ignis. 505

かの五十の閨閤、子孫へのこれほど大きな希望、
異国の黄金と戦利品で聳え立つ戸柱も
崩壊した。ダナイ人は火炎が攻めあぐむ場所をおさえている。

Forsitan et Priami fuerint quae fata requiras.
urbis uti captae casum conuulsaque uidit
limina tectorum et medium in penetralibus hostem,
arma diu senior desueta trementibus aeuo
circumdat nequiquam umeris et inutile ferrum 510
cingitur, ac densos fertur moriturus in hostis.

多分あなたは問うだろう、プリアモスの運命がどうなったかを。
都が占拠されて崩れ落ち、館の敷居も破壊され、
館の奥の間まで敵が侵入するのを見てとると、
老王は久しく使わなかった武具を老年ゆえに震える両肩に
空しくまとう。もはや役にたつあてのない剣を
身に帯びると、死を覚悟し、敵の密集した場所に突き進む。

aedibus in mediis nudoque sub aetheris axe
ingens ara fuit iuxtaque ueterrima laurus
incumbens arae atque umbra complexa penatis.

王の館の中心部には、天空を見上げることのできる
大きな祭壇があった。そばに古い月桂樹が植えられ、
祭壇にもたれ掛かり、影によって先祖の神々を覆っていた。

hic Hecuba et natae nequiquam altaria circum, 515
praecipites atra ceu tempestate columbae,
condensae et diuum amplexae simulacra sedebant.

ここにヘクバと娘たちはいて、希望のないまま祭壇を囲んでいた。
さながら黒い嵐によって鳩たちが真っ逆様に落とされるように、
彼女たちは肌を寄せ合い、神々の像にすがりながら座っていた。

ipsum autem sumptis Priamum iuuenalibus armis
ut uidit, ‘quae mens tam dira, miserrime coniunx,
impulit his cingi telis? aut quo ruis?’ inquit. 520

しかし、プリアモスが若い時代の武具を手にしたのを見ると、ヘクバは
「この上なく哀れな夫よ、なんという恐ろしい考えが、
武具を身につけるようあなたを駆り立てたのか。どこに急ぐのか?」と尋ねた。

‘non tali auxilio nec defensoribus istis
tempus eget; non, si ipse meus nunc adforet Hector.
huc tandem concede; haec ara tuebitur omnis,
aut moriere simul.’ sic ore effata recepit
ad sese et sacra longaeuum in sede locauit. 525

「あなたの助けも、あなたによる防御も、
もはや必要な時ではないのです。かりにわがヘクトルが今ここにいても
 答えは同じです。
さあ、こちらに退いてください。この祭壇がみなを守ってくれるでしょう。
でなければ、一緒に死んでください」。このように語り、
后はわが身の近くに老王を受け入れ、神聖な椅子の上に座らせた。

プリアムス王の死(2)(2.526-558 )

Ecce autem elapsus Pyrrhi de caede Polites,
unus natorum Priami, per tela, per hostis
porticibus longis fugit et uacua atria lustrat
saucius. illum ardens infesto uulnere Pyrrhus
insequitur, iam iamque manu tenet et premit hasta. 530

だが見よ、ピュルスの殺戮の手をかいくぐったポリーテスだ。
プリアムスの息子の一人で、矢も敵兵もくぐり抜け、
長い柱廊を通って逃れ、人気のない広間の中を横切ってくる。
傷を負っている。敵意に満ちた一撃を加えんと燃えるピュルスが
その後を追跡し、今まさに手でつかみ、槍で差しぬこうとする。

ut tandem ante oculos euasit et ora parentum,
concidit ac multo uitam cum sanguine fudit.
hic Priamus, quamquam in media iam morte tenetur,
non tamen abstinuit nec uoci iraeque pepercit:

ポリーテスはついに両親の目の前、面前まで逃れたが、
そこで地面に倒れ、多量の血を流して命を失った。
ここでプリアムスは、すでに死のただ中で捕らえられていたが、
これを見過ごすことができず、声をあげ怒りを露わにした。

‘at tibi pro scelere,’ exclamat, ‘pro talibus ausis 535
di, si qua est caelo pietas quae talia curet,
persoluant grates dignas et praemia reddant
debita, qui nati coram me cernere letum
fecisti et patrios foedasti funere uultus.

「おまえの罪に」と老王は叫ぶ、「これほどの冒涜に対し、
神々が、もし天にこのような配慮を行う道義があるなら、
相応の報いを与え、当然の報酬を授けんことを。
おまえはわたしが目の前で息子の死を見るように
し向け、親の顔をその死で汚したのだ。

at non ille, satum quo te mentiris, Achilles 540
talis in hoste fuit Priamo; sed iura fidemque
supplicis erubuit corpusque exsangue sepulcro
reddidit Hectoreum meque in mea regna remisit.’

だが、かのアキレスは違った。おまえは息子だと偽っているだけだ。
彼は敵であるこのプリアムスにそのような態度はとらなかった。嘆願者の
正義と信義を尊重し、血の引いたヘクトルの遺体を埋葬できるよう
戻してくれたばかりか、わたしを王国に返してくれた。

sic fatus senior telumque imbelle sine ictu
coniecit, rauco quod protinus aere repulsum, 545
et summo clipei nequiquam umbone pependit.

このように老王は言い放ち、力なく弱々しい槍を
投げつけた。槍はすぐさま鋭い音を立てる青銅にはね返され、
盾の突起部の先から力なくぶらさがった。

cui Pyrrhus: ‘referes ergo haec et nuntius ibis
Pelidae genitori. illi mea tristia facta
degeneremque Neoptolemum narrare memento.
nunc morere.’ hoc dicens altaria ad ipsa trementem 550
traxit et in multo lapsantem sanguine nati,
implicuitque comam laeua, dextraque coruscum
extulit ac lateri capulo tenus abdidit ensem.

老王に向かってピュルスは言った。「では、おまえは伝令よろしく
 この知らせをもって、
わが父、ペーレウスの子のもとに行け。忘れずにわが残酷な所行と
堕落したこのネオプトレムスの名を父に伝えるのだ。
さあ、死ね」。こう言うと、震える老王の体を祭壇まで
引きずっていった。息子の血の海の中をすべらせながら。
左手で王の髪を巻き付け、右手できらめく剣を
もちあげ、柄まで王の脇腹に埋め込んだ。

haec finis Priami fatorum, hic exitus illum
sorte tulit Troiam incensam et prolapsa uidentem 555
Pergama, tot quondam populis terrisque superbum
regnatorem Asiae. iacet ingens litore truncus,
auulsumque umeris caput et sine nomine corpus.

これがプリアムスの運命の最期である。このような終焉が
運命によって王を運び去った。トロイアの炎上とペルガマの
崩壊を目にした王は、かつては数多くの国民と土地を統べる
アジアの支配者であった。それが今、大きな胴体となり岸辺に横たわる。
肩から切り離された首は名もなき死体となっている。

アエネーアスの殺意(2.559-588)

At me tum primum saeuus circumstetit horror.
obstipui; subiit cari genitoris imago, 560
ut regem aequaeuum crudeli uulnere uidi
uitam exhalantem, subiit deserta Creusa
et direpta domus et parui casus Iuli.
respicio et quae sit me circum copia lustro.
deseruere omnes defessi, et corpora saltu 565
ad terram misere aut ignibus aegra dedere.

だが、このとき初めて身の毛のよだつ恐怖が襲い、
わたしは感覚を失った。優しい父の姿が目の前に浮かぶ。
父と同じ年齢のプリアムスが無惨な傷を負って
命を失うのを目の当たりにしたときに。見捨てられたクレウーサ、
略奪されたわが家、幼いイウールスの悲運も目の前に浮かぶ。
わたしは後ろを振り返り、周りの手勢を確かめた。
どの兵も衰弱のあまり、わたしのもとを去っていた。ある者は地面に
飛び降り、ある者は疲れ果てた体を火炎の中に投げ捨てた。

[Iamque adeo super unus eram, cum limina Vestae
seruantem et tacitam secreta in sede latentem
Tyndarida aspicio; dant claram incendia lucem
erranti passimque oculos per cuncta ferenti. 570

いや、わたしは天涯孤独となった。このとき、ウェスタの神殿の入り口に
とどまり、誰にも見つからぬ館の中で息を潜めて隠れていた
テュンダレウスの娘の姿を認める。あちこちさまよい、
四方八方に目を向ける様子を炎がまぶしく照らしていた。
illa sibi infestos euersa ob Pergama Teucros
et Danaum poenam et deserti coniugis iras
praemetuens, Troiae et patriae communis Erinys,
abdiderat sese atque aris inuisa sedebat.

彼女は、ペルガマ崩壊の張本人として自分を憎むテウクリア人
ダナイ人のくだす罰、見捨てた夫の怒りを
恐れていた。この女こそ、トロイアと祖国にとって共通の復讐の女神である。
それがこんなところに姿をくらまし、祭壇の陰に隠れて座っていたのだ。

exarsere ignes animo; subit ira cadentem 575
ulcisci patriam et sceleratas sumere poenas.
‘scilicet haec Spartam incolumis patriasque Mycenas
aspiciet, partoque ibit regina triumpho?
coniugiumque domumque patris natosque uidebit
Iliadum turba et Phrygiis comitata ministris? 580

わたしの心に炎が燃え上がった。滅びた祖国の仇をうち、
いまわしい罪を裁けという怒りの炎が現れる。
「きっとこの女はつつがなくスパルタと祖国ミュケーナエを
目にするのだろう。勝利を手に入れた女王としてふるまい、
夫と父の家、息子たちと再会するのだ。
大勢のイーリウムの女たち、プリュギア人の従者を多数従えて。

occiderit ferro Priamus? Troia arserit igni?
Dardanium totiens sudarit sanguine litus?
non ita. namque etsi nullum memorabile nomen
feminea in poena est, habet haec uictoria laudem;
exstinxisse nefas tamen et sumpsisse merentis 585
laudabor poenas, animumque explesse iuuabit
ultricis famam et cineres satiasse meorum.’
talia iactabam et furiata mente ferebar,]

プリアムスは剣に倒れたか。トロイアは炎に燃え上がったか。
ダルダニアの岸辺は数えきれぬほど血に塗れたのか。
このままでよいわけはない。むろん女を罰したところで、
語り継がれる誉れはないにせよ、この勝利は称賛を与えよう。
悪を葬り、当然の罰を加えることで、
名声を得ることができる。心を復讐の火で満たし、
死んだ同胞の遺灰に満足を与えることができたら、わが喜びにもなるだろう」。
このような言葉をかみしめ、狂った心で突進しようとした。

ウェヌスの忠告(2.589-616 )

cum mihi se, non ante oculis tam clara, uidendam
obtulit et pura per noctem in luce refulsit 590
alma parens, confessa deam qualisque uideri
caelicolis et quanta solet, dextraque prehensum
continuit roseoque haec insuper addidit ore:

このとき、かつて見たことのないほどまばゆい姿で
慈愛深き母が現れた。夜の闇にあってなお、透き通った光の中で輝いて見えた。
母はこうして女神であることを明らかにし、常日頃神々の目にふれる
美しさと背丈になって現れた。母は、わたしの右手をつかんで
引き留め、次の言葉をその薔薇色の口びるから発した。

‘nate, quis indomitas tantus dolor excitat iras?
quid furis? aut quonam nostri tibi cura recessit? 595
non prius aspicies ubi fessum aetate parentem
liqueris Anchisen, superet coniunxne Creusa
Ascaniusque puer? quos omnis undique Graiae
circum errant acies et, ni mea cura resistat,
iam flammae tulerint inimicus et hauserit ensis. 600

「息子よ、どんな苦しみが、それほどまで押さえ切れない怒りをかき立てるのか。
なぜおまえは狂気に駆られるのか。わたしへのおまえの愛はどこに消えたのか。
真っ先に確かめるべきではないのか、どこに年老いたアンキーセスを
置き去りにしたのか、と。また、妻のクレウーサと幼いアスカニウスは
無事であるのか、と。これらみなの回りには、多数のギリシア兵が所狭しと
徘徊している。もしわたしの配慮がそれをくい止めなかったら、
今頃、炎がとっくに彼らを運び去り、敵の剣がその血を飲み込んでいただろう。

non tibi Tyndaridis facies inuisa Lacaenae
culpatusue Paris, diuum inclementia, diuum
has euertit opes sternitque a culmine Troiam.

あのテュンダレウスの娘、ラコーニアの女の憎むべき美貌や
罪深きパリスのせいではない、神々の非情な考えのせいである。
富を根こそぎにし、トロイアを絶頂からたたき落としたのは、神々である。

aspice (namque omnem, quae nunc obducta tuenti
mortalis hebetat uisus tibi et umida circum 605
caligat, nubem eripiam; tu ne qua parentis
iussa time neu praeceptis parere recusa):

見るがよい。わたしは靄をすっかり払いのけよう。今は、物を見ようにも、
おまえの目の前に広がって視界を閉ざし、湿り気を含むゆえに、
あたりを見えにくくしているのだから。よいか、おまえは母の命令を
恐れてはならないし、その教えに従うことを拒んでもならない。

hic, ubi disiectas moles auulsaque saxis
saxa uides, mixtoque undantem puluere fumum,
Neptunus muros magnoque emota tridenti 610
fundamenta quatit totamque a sedibus urbem
eruit. hic Iuno Scaeas saeuissima portas
prima tenet sociumque furens a nauibus agmen
ferro accincta uocat.

こちらには、粉々になった建物の塊、岩から切り離された
岩、埃と一緒になって波打つ煙が見えるだろう。
ネプトゥーヌスは大きな三つ又の鉾で城壁とその土台を
持ち上げ震撼させ、都全体を根底から
破壊したのである。こちらを見るがよい。この上なく残忍なユーノだ。
スカエア門を真っ先に押さえ、武器で身を固めると、狂気につかれて
船陣から同盟軍を呼び寄せている。

iam summas arces Tritonia, respice, Pallas 615
insedit nimbo effulgens et Gorgone saeua.

また、振り返って見よ、今や城塞の頂上には、トリートン生まれのパラスが
座を占めている。雷雲に輝き、ゴルゴの盾を手に猛々しい姿を見せながら。

汝逃亡せよ(2.617-649)

ipse pater Danais animos uirisque secundas
sufficit, ipse deos in Dardana suscitat arma.

父自身、ダナイ人に勇気と希望に満ちた活力を
与え、率先して神々をダルダニアの戦陣に立ち向かうよう駆り立てている。

eripe, nate, fugam finemque impone labori;
nusquam abero et tutum patrio te limine sistam.’ 620
dixerat et spissis noctis se condidit umbris.
apparent dirae facies inimicaque Troiae
numina magna deum.

息子よ、逃亡を奪い取れ。苦難に終わりを与えよ。
わたしは決しておまえを見捨てない。おまえを無事父の館に立たせよう」。
こう述べると、ウェヌスは夜の深い暗がりの中に自らを隠した。
たちまち恐るべき形相、トロイアに敵対する
神々の大いなる神性が姿を取って現れる。

Tum uero omne mihi uisum considere in ignis
Ilium et ex imo uerti Neptunia Troia: 625

だがこのとき、わたしにはイーリウム全体が火の海に沈み、
ネプトゥーヌスのトロイアが根底から覆されるように見えた。

ac ueluti summis antiquam in montibus ornum
cum ferro accisam crebrisque bipennibus instant
eruere agricolae certatim, illa usque minatur
et tremefacta comam concusso uertice nutat,
uulneribus donec paulatim euicta supremum 630
congemuit traxitque iugis auulsa ruinam.

さながら農夫らが山頂に立つ古いナナカマドの木を
斧で切りつける様子を思わせた。彼らが両刃の斧で何度も切りつけ、
競うようにこの木を倒そうと努めるとき、ナナカマドは今にも倒れんばかりに
農夫らを脅かし、体を左右に揺らしながら、頭を振っては木の葉を揺さぶる。
だが、加えられた傷によって徐々に打ち負かされ、
ついに大きなうめき声を上げると、山の尾根から引き抜かれ、倒れた体を横たえる。

descendo ac ducente deo flammam inter et hostis
expedior: dant tela locum flammaeque recedunt.

わたしは下に降り、神に導かれて、炎と敵の間を自由に
動く。敵の槍は場所を譲り、炎は退いた。

Atque ubi iam patriae peruentum ad limina sedis
antiquasque domos, genitor, quem tollere in altos 635
optabam primum montis primumque petebam,
abnegat excisa uitam producere Troia
exsiliumque pati. ‘uos o, quibus integer aeui
sanguis,’ ait, ‘solidaeque suo stant robore uires,
uos agitate fugam. 640

こうして父の屋敷の玄関、懐かしい館に
たどりつく。わたしは真っ先に父を深い山中にかくまうことを
望み、真っ先にその姿を探し求めたが、父曰く
トロイアが崩壊した今、命を長引かせることも、
亡命を堪え忍ぶこともできないと言う。さらに「おまえたち、おお、若き血潮に
溢れた者たちよ」と言う。「内に秘めた力で確かな活力がみなぎる者たちよ、
おまえたち、逃亡せよ。

me si caelicolae uoluissent ducere uitam,
has mihi seruassent sedes. satis una superque
uidimus excidia et captae superauimus urbi.

もしわしの命が長らえるよう神々が望んだなら、
この館を守ってくれたはずだ。一度でもうたくさんだ。
トロイアの破滅を目にし、占領された都の中で生き延びるのは。

sic o sic positum adfati discedite corpus.
ipse manu mortem inueniam; miserebitur hostis 645
exuuiasque petet. facilis iactura sepulcri.

このように横たわったわしの遺体に最後の別れを告げ、立ち去るがよい。
わしは己の手で死を探し当てよう。敵は哀れみながらも、
戦利品を求めるだろう。わしの墓がないことなど知れている。

iam pridem inuisus diuis et inutilis annos
demoror, ex quo me diuum pater atque hominum rex
fulminis adflauit uentis et contigit igni.’

わしはすでに以前から神々に憎まれ、役立たずとして、長年
ぐずぐず生きてきたのだ。神々の父にして人間の王であるユッピテルが、
雷火の嵐を送り、炎でわしに触れてからというもの」。

追い詰められた親子(2.650-680)

Talia perstabat memorans fixusque manebat. 650
nos contra effusi lacrimis coniunxque Creusa
Ascaniusque omnisque domus, ne uertere secum
cuncta pater fatoque urgenti incumbere uellet.
abnegat inceptoque et sedibus haeret in isdem.
rursus in arma feror mortemque miserrimus opto. 655
nam quod consilium aut quae iam fortuna dabatur?

父は身じろぎもせずにこう語り、不動のままその場にとどまる。
この言葉にわれわれは涙をあふれ出させた。妻のクレウーサ、
アスカニウス、家中の者が望んだ、父がすべてを己と共に
滅ぼすことがないように、人を押しつぶす運命に身を委ねることを
 欲しないように、と。
だが父は申し出を拒み、決意を翻さすことなく、その場を去ろうとしなかった。
再びわたしは武器に向かい、もっとも惨めな気持ちで死を望んだ。
このとき、どんな策が、どんな幸運が与えられていたといえるのか。

‘mene efferre pedem, genitor, te posse relicto
sperasti tantumque nefas patrio excidit ore?
si nihil ex tanta superis placet urbe relinqui,
et sedet hoc animo perituraeque addere Troiae 660
teque tuosque iuuat, patet isti ianua leto,
iamque aderit multo Priami de sanguine Pyrrhus,
natum ante ora patris, patrem qui obtruncat ad aras.

「父よ、あなたを捨ててわたしがどこかへ行けるとでも思うのですか。
これほど不敬な言葉が父の口から零れ落ちてよいものでしょうか。
もし、これほどの都に何も残らないことが神々の望みであれば、
またそれがあなたの心に変わらぬものなら、さらには滅び行くトロイアに
あなたとあなたの一族の者たちを加えることが喜びなら、あなたの死に
 門は開かれている。
もうすぐプリアムスの血の海からピュルスがやってくる。
父の目の前で息子を殺し、祭壇で父を殺した者が。

hoc erat, alma parens, quod me per tela, per ignis
eripis, ut mediis hostem in penetralibus utque 665
Ascanium patremque meum iuxtaque Creusam
alterum in alterius mactatos sanguine cernam?
arma, uiri, ferte arma; uocat lux ultima uictos.
reddite me Danais; sinite instaurata reuisam
proelia. numquam omnes hodie moriemur inulti.’ 670

いとしい母よ、このためだったのか。あなたが敵の矢、炎の中をかいくぐり、
わたしを救ってくれたのは。敵が家の奥の間の真ん中に侵入するのを見るためか。
アスカニウス、父上、そばにはクレウーサ、
互いが互いの血の海の中で殺害されるところを見るためか。
皆の者、武器だ。武器をもってこい。最後の光が敗北者を呼んでいる。
わたしをダナイ人のところに連れ戻せ。新しい戦いにわたしが臨むことを許せ。
今日われわれは復讐を遂げずして死を迎えてはならぬぞ」。

Hinc ferro accingor rursus clipeoque sinistram
insertabam aptans meque extra tecta ferebam.
ecce autem complexa pedes in limine coniunx
haerebat, paruumque patri tendebat Iulum:

わたしはここで再び剣を身につけ、盾に左手を
あてがい中に入れると、家を後に飛び出そうとした。
すると見よ、敷居で妻が足を抱いて
すがり付き、幼いイウールスを父のわたしに差し出した。

‘si periturus abis, et nos rape in omnia tecum; 675
sin aliquam expertus sumptis spem ponis in armis,
hanc primum tutare domum. cui paruus Iulus,
cui pater et coniunx quondam tua dicta relinquor?’

「命を捨てるためにここを出るのなら、わたしたちもどこでも
 連れていってください。
もし戦歴輝かしいあなたが、新たな希望を手に取った武器に託そうとするなら、
まずこの館を守ってください。幼いイウールス、
あなたの父上、かつてあなたの妻と呼ばれたこのわたしは、誰の手に
 渡るのでしょうか」。

Talia uociferans gemitu tectum omne replebat,
cum subitum dictuque oritur mirabile monstrum. 680

このように叫び、館全体を嘆きの声で満たした。
このとき、突然語るも恐るべき予兆が現れたのである。

吉兆(2.681-711)

namque manus inter maestorumque ora parentum
ecce leuis summo de uertice uisus Iuli
fundere lumen apex, tactuque innoxia mollis
lambere flamma comas et circum tempora pasci.
nos pauidi trepidare metu crinemque flagrantem 685
excutere et sanctos restinguere fontibus ignis.

というのも、悲しみに暮れた両親の手と顔の間にて、
見よ、イウールスの頭の上から炎の先端が光を放ち、触れても害のない
火が柔らかな髪の毛を舐め、こめかみの周りを食い尽くしている。
われわれ二人は恐怖に恐れおののき、燃えている髪の毛を
振り払い、神聖な炎に水をかけて消し止めた。

at pater Anchises oculos ad sidera laetus
extulit et caelo palmas cum uoce tetendit:
‘Iuppiter omnipotens, precibus si flecteris ullis,
aspice nos, hoc tantum, et si pietate meremur, 690
da deinde auxilium, pater, atque haec omina firma.’

だが、父アンキーセスはこれを見て喜び、両目を星々に
向けつつ手のひらを天に差し出して次のように言った。
「全能のユッピテルよ、もしも祈りで心を動かすのなら、
われわれをご覧あれ。このことだけを祈る。われわれが敬虔な心をもつと
 みなされるなら、
助力を与えたまえ、父よ。そして、この予兆を確かなものとせよ」。

Vix ea fatus erat senior, subitoque fragore
intonuit laeuum, et de caelo lapsa per umbras
stella facem ducens multa cum luce cucurrit.
illam summa super labentem culmina tecti 695
cernimus Idaea claram se condere silua
signantemque uias; tum longo limite sulcus
dat lucem et late circum loca sulphure fumant.

年老いた父がこう言うとすぐさま、突然の轟音とともに、
左手に雷が鳴った。天から暗闇の中を流れる
星がひとつ、燃える炎を従えつつ、まばゆい光に輝きながら走り落ちた。
われわれは、この星が館の高い頂の上を流れ落ちるのを
見る。明るく輝きつつ、軌跡を示しながら
イーダの森に姿を隠した。このとき、長い筋を持つ軌跡が
光を放ち、あたり一面を硫黄の煙でくゆらせた。

hic uero uictus genitor se tollit ad auras
adfaturque deos et sanctum sidus adorat. 700
‘iam iam nulla mora est; sequor et qua ducitis adsum,
di patrii; seruate domum, seruate nepotem.
uestrum hoc augurium, uestroque in numine Troia est.
cedo equidem nec, nate, tibi comes ire recuso.’

これを見て父は己の決心を揺るがせ、天に向かって立ち上がると、
神々に言葉を発し、神聖な星に祈りを捧げる。
「今はもうぐずぐずしておれぬ。わしは後に従おう。あなた方が導く所へ行こう、
父祖の神々よ。家を救いたまえ、子孫を救いたまえ。
この予兆はあなた方の与えた印だ。トロイアの運命はあなた方の神意による。
まったくわしの負けだ、息子よ。おまえについて行くことを拒まない」。

dixerat ille, et iam per moenia clarior ignis 705
auditur, propiusque aestus incendia uoluunt.
‘ergo age, care pater, ceruici imponere nostrae;
ipse subibo umeris nec me labor iste grauabit;
quo res cumque cadent, unum et commune periclum,
una salus ambobus erit. mihi paruus Iulus 710
sit comes, et longe seruet uestigia coniunx.

父はこう述べた。いまや城壁を包む炎の音は、いっそうはっきりと
耳に届き、いっそう近くに猛火が炎の波を繰り出す。
「では、さあ、いとしい父よ、わたしの肩に乗るのです。
両肩で支えましょう。これしきのこと、なにも重くは感じません。
ことの成り行きがどう悪くなろうと、苦難は一つ、一緒に分かち合いましょう。
救いの道も一つ、二人一緒に分かち合うのです。わたしのそばには幼いイウールスが
ついてくるように。また、妻は離れて後から来るように。

クレウーサとの別れ(2.712-744)

uos, famuli, quae dicam animis aduertite uestris.
est urbe egressis tumulus templumque uetustum
desertae Cereris, iuxtaque antiqua cupressus
religione patrum multos seruata per annos; 715

おまえたち召使いの者よ、わたしの言うことを心にとどめよ。
都から外に出ると、塚と日頃省みる者のない
ケレスの古い神殿がある。そばには古い糸杉がある。
父祖の信仰によって長い年月をかけて守られてきた糸杉だ。

hanc ex diuerso sedem ueniemus in unam.
tu, genitor, cape sacra manu patriosque penatis;
me bello e tanto digressum et caede recenti
attrectare nefas, donec me flumine uiuo
abluero.’ 720

われわれはこの一つの場所に、通る道は違っても、集まることにしよう。
あなたは、父上よ、神聖な品々と父祖の守り神を手にとってください。
わたしはあれほど大きな戦場をいま離れてきたばかり。さきほどまで修羅場に
 いたのです。
清らかな川でこの身をすすぐまで、触れることは
許されぬゆえ」。720

haec fatus latos umeros subiectaque colla
ueste super fuluique insternor pelle leonis,
succedoque oneri; dextrae se paruus Iulus
implicuit sequiturque patrem non passibus aequis;

わたしはこう言うと、広い肩と首の上から
金色に輝くライオンの皮の衣をかぶり、
その上に父の重みを支えた。幼いイウールスはわたしの右手に
つかまり、おぼつかない足取りで後に従う。

pone subit coniunx. ferimur per opaca locorum, 725
et me, quem dudum non ulla iniecta mouebant
tela neque aduerso glomerati examine Grai,
nunc omnes terrent aurae, sonus excitat omnis
suspensum et pariter comitique onerique timentem.

後ろから妻がついてくる。われわれは暗い場所を選んで進む。
今までわたしは、放たれた槍にも動じず、
結集したギリシア兵の塊と相対しても動じたことはない。
だが今は、あらゆる風の動きが脅かし、あらゆる音が心をかき乱す。
警戒心が勝るところ、連れた子と背負った父のこともあり、すべてに脅えた。

iamque propinquabam portis omnemque uidebar 730
euasisse uiam, subito cum creber ad auris
uisus adesse pedum sonitus, genitorque per umbram
prospiciens ‘nate,’ exclamat, ‘fuge, nate; propinquant.
ardentis clipeos atque aera micantia cerno.’

ようやく城門に近づき、道の最後までたどり着いたと
思ったとき、不意に足音の近づく音が繰り返し
聞こえたように感じた。父は暗闇の中を遠くまで
見通しながら、「息子よ」と叫ぶ、「逃げろ、息子よ。敵が近づいている。
燃える盾と煌めく青銅の武具が見えるぞ」。

hic mihi nescio quod trepido male numen amicum 735
confusam eripuit mentem. namque auia cursu
dum sequor et nota excedo regione uiarum,
heu misero coniunx fatone erepta Creusa
substitit, errauitne uia seu lapsa resedit,
incertum; nec post oculis est reddita nostris. 740

このとき得体の知れない恐怖に襲われ、邪な神の力が
混乱したわたしの心を奪った。道なき道を
走り続け、馴染みの道の周辺から逸れたとき、
ああ、妻のクレウサは惨めな運命に連れ去られ、
立ち止まったのか、道に迷ったのか、倒れて座り込んだのか、
わたしにはわからない。その後二度とわたしの目の前に戻ることはなかった。

nec prius amissam respexi animumue reflexi
quam tumulum antiquae Cereris sedemque sacratam
uenimus: hic demum collectis omnibus una
defuit, et comites natumque uirumque fefellit.

古いケレスの塚と神聖な社に到着するまで、
わたしはいなくなったクレウサを振り返ることも、気にかけることも
しなかった。ようやくこの場所に皆が集まったとき、彼女一人が
欠けていた。仲間や息子、夫から離れてしまったのだ。

クレウーサを求めて(2.745-774)

quem non incusaui amens hominumque deorumque, 745
aut quid in euersa uidi crudelius urbe?
Ascanium Anchisenque patrem Teucrosque penatis
commendo sociis et curua ualle recondo;
ipse urbem repeto et cingor fulgentibus armis.

気が動転したわたしは、人間と神々の誰を非難しなかっただろうか。
破壊された都の中で、これ以上残酷なものを目にしただろうか。
アスカニウス、父アンキーセス、テウクリアの守り神を
仲間に託し、彼らを曲がりくねった谷の中にかくまった。
そして一人で再び都に向かう、輝く武具に身を包んで。

stat casus renouare omnis omnemque reuerti 750
per Troiam et rursus caput obiectare periclis.
principio muros obscuraque limina portae,
qua gressum extuleram, repeto et uestigia retro
obseruata sequor per noctem et lumine lustro:
horror ubique animo, simul ipsa silentia terrent. 755

すべての苦難をもう一度味わう覚悟でトロイアの市中に戻り、
再び己の命を危険に晒すつもりだった。
はじめに、城壁と暗い城門の入り口といった
先ほど都を抜け出した場所に戻った。たどってきた足取りを
暗闇の中で目を凝らして探しあて、再び同じ道を歩き回る。
恐怖が至るところから襲い、沈黙そのものが心を脅かす。

inde domum, si forte pedem, si forte tulisset,
me refero: inruerant Danai et tectum omne tenebant.
ilicet ignis edax summa ad fastigia uento
uoluitur; exsuperant flammae, furit aestus ad auras.

そこから家にも引き返す、もしやクレウーサが戻っていないかと思って。
だがすでに、ダナイ人がおし寄せ、館全体を占拠していた。
すべてを飲み尽くす火が、風のあおりを受けてあっというまに屋根まで
舞い上がる。火炎がその上をはね回り、火の波が大気に向かって荒れ狂う。

procedo et Priami sedes arcemque reuiso: 760
et iam porticibus uacuis Iunonis asylo
custodes lecti Phoenix et dirus Vlixes
praedam adseruabant. huc undique Troia gaza
incensis erepta adytis, mensaeque deorum
crateresque auro solidi, captiuaque uestis 765
congeritur. pueri et pauidae longo ordine matres
stant circum.

わたしはその場を通りすぎ、プリアムスの館と要塞を再び訪れる。
今やユーノを祭る聖域の回廊は人気もなく、
番人として選ばれたポエニクスと恐ろしいウリクセスが
戦利品を守っていた。至る所からここへトロイアの財宝が運ばれて来る。
炎に燃える神殿の内陣から奪い取ったものばかりだ。神々の食卓、
純金でできた混酒器、奪い取った着物などが
積み上げられる。少年たちやおびえる母親らが長い列を作り
まわりにたたずむ。

ausus quin etiam uoces iactare per umbram
impleui clamore uias, maestusque Creusam
nequiquam ingeminans iterumque iterumque uocaui. 770

わたしは意を決して暗闇の中で声をあげ、
周囲の道を叫び声で満たした。悲痛な思いでクレウーサの名前を呼ぶが
返事はない。それでも繰り返し何度も名前を呼びつづけた。

quaerenti et tectis urbis sine fine ruenti
infelix simulacrum atque ipsius umbra Creusae
uisa mihi ante oculos et nota maior imago.
obstipui, steteruntque comae et uox faucibus haesit.

都の家々のあいだを果てしなく探し、走り続ける。
そのとき、悲しげな表情をした亡霊、クレウーサ自身の幻影が
わたしの目の前に現れた。それは見慣れた姿よりも大きく、
わたしは肝をつぶした。髪の毛は逆だち、声はのどにつかえて外に出ない。

新たな旅立ち(2.775-804)

tum sic adfari et curas his demere dictis: 775
‘quid tantum insano iuuat indulgere dolori,
o dulcis coniunx? non haec sine numine diuum
eueniunt; nec te comitem hinc portare Creusam
fas, aut ille sinit superi regnator Olympi.

そのとき彼女はこう語り、次のような言葉でわたしの不安を消し去った。
「そんなに狂ったように悲しみにふけって、何の役に立つのでしょう、
ああ、愛しい夫よ。このようなことは、神々の意志なしに
起こることではありません。あなたがここからクレウーサを連れていくことは
運命の望むことではないのです。高くそびえるオリュンプスの支配者の
 許すことでもありません。

longa tibi exsilia et uastum maris aequor arandum, 780
et terram Hesperiam uenies, ubi Lydius arua
inter opima uirum leni fluit agmine Thybris.

あなたには長い放浪生活が待ち受けています。広大な海原を進みゆかねばなりません。
そしてヘスペリアの地に行くのです。そこではリューディアのテュブリスが、
人々の耕す肥沃な土地の間をゆっくりと流れています。

illic res laetae regnumque et regia coniunx
parta tibi; lacrimas dilectae pelle Creusae.
non ego Myrmidonum sedes Dolopumue superbas 785
aspiciam aut Grais seruitum matribus ibo,
Dardanis et diuae Veneris nurus;

そこであなたは、豊かな国土、王権、王家の血を引く后を
得るでしょう。あなたの愛したクレウーサのために涙を流すことはやめるのです。
わたしはミュルミドネス人やドロペス人の尊大な家々を
見るつもりはありません。ギリシアの女たちに奴隷として仕えに参るつもりも
 ありません。
わたしはダルダニアの女です。女神ウェヌスの義理の娘なのです。

sed me magna deum genetrix his detinet oris.
iamque uale et nati serua communis amorem.’
haec ubi dicta dedit, lacrimantem et multa uolentem 790
dicere deseruit, tenuisque recessit in auras.

でも、神々の偉大な母がわたしをこの海岸に引きとどめています。
では、もうさようなら。わたしたち二人の子への愛を大切にしてください」。
こう言うと、わたしは涙を流し、もっと多くを語ろうと願ったが、
妻はわたしの前から姿を消し、かすかな空気の中に去った。

ter conatus ibi collo dare bracchia circum;
ter frustra comprensa manus effugit imago,
par leuibus uentis uolucrique simillima somno.
sic demum socios consumpta nocte reuiso. 795

三度わたしは首の回りに腕を絡ませようと試みたが、
空しくつかんだ彼女の幻は、三度わたしの手を逃れた。
軽やかな風か、翼をもつ夢にも似ていた。
こうしてわたしは一夜を費やしてからようやく仲間と再会したのである。

Atque hic ingentem comitum adfluxisse nouorum
inuenio admirans numerum, matresque uirosque,
collectam exsilio pubem, miserabile uulgus.

わたしは、その場に新しい顔ぶれの仲間が多数集まっているようすを
目の当たりにし、驚いた。男も女も、
亡命のために結集した若者たちもいた。惨めな群衆ではあった。

undique conuenere animis opibusque parati
in quascumque uelim pelago deducere terras. 800
iamque iugis summae surgebat Lucifer Idae
ducebatque diem, Danaique obsessa tenebant
limina portarum, nec spes opis ulla dabatur.
cessi et sublato montis genitore petiui.

だが、彼らは心の用意も資材の準備も整い、至る所から参集していた。
わたしが海を越えてどの土地に連れていこうと、同行する覚悟であった。
いまや、イーダ山の頂上から暁の明星が姿を見せ、
朝の太陽を連れてきていた。ダナイ人たちは門という門の
入り口を固めている。誰かに救いを求める希望はいっさいなかった。
わたしはこの場を離れ、父を背負って山の奥へと歩き始めた」。