ラテン語の動詞(直説法・能動態・完了)

ラテン語の「完了」は、英文法の「過去」と「現在完了」をカバーします。基本的に「~した」、「~してしまった」と訳すことができます。

直説法・能動態・完了の例文

Ipse dixit.. 彼自身が言った。

Ipse: 強意代名詞ipse,ipsa,ipsum(自ら、自身)の男性・単数・主格。
dixit: dīcō,-ere(言う)の直説法・能動態・完了、3人称単数。

Vēnī, vīdī, vīcī. 私は来た、見た、勝った。 Suet.Caes.37

Vēnī: veniō,-īre,vēnī,ventum(勝つ)の直説法・能動態・完了、1人称単数。
vīdī: videō,-ēre,vīdī,vīsum(見る)の直説法・能動態・完了、1人称単数。
vīcī: vincō,-ere,vīcī,victum(勝つ)の直説法・能動態・完了、1人称単数。
動詞を辞書を引くと、「4つの基本形」を確認できます。veniōは「直説法・能動態・現在、1人称単数」、venīreは「不定法・能動態・現在」、vēnīは「直説法・能動態・完了、1人称単数」、ventumは目的分詞(スピーヌム)です。

完了の作り方

完了は、「完了幹+人称語尾」の組み合わせで作られます。辞書には、不定法の右横に完了の形(完了、1人称単数)が見つかります。大事なことは、動詞を辞書で引いたら必ずこの形を確認することです。不定法の形から現在幹がわかるように(語尾から-reを取る)、辞書に記載された完了の形から完了幹がわかります(完了の語尾から母音を取る)。例えばamōの完了、1人称単数はamāvīですが、この語尾から母音の-īを除いた形、すなわちamāv-が完了幹です。後は、完了幹に完了の人称語尾をつけることで、正しく活用させることができます。

完了の人称語尾は次の通りです。3人称複数には2つの形があります。

単数 複数
1人称 -imus
2人称 -istī -istis
3人称 -it -ērunt または -ēre

amōを例にとると、amō,-āre,-āvī,-ātum(愛する)と辞書に書かれています。直説法・能動態・完了はamāvīです。2人称単数以下は、上の「人称語尾」を参考にすると、amāv-īの語尾の-īを-istī, -it, -imus, -istis, -ērunt(-ēre)に変えていけばよい、とわかります。

amāvī, amāvistī, amāvit, amāvimus, amāvistis, amāvēruntとなります(太字は人称語尾)。

現在幹のない動詞

ラテン語には完了系時称(完了、過去完了、未来完了)でのみ現れる動詞があり、「不完全動詞」と呼ばれます。完了で現在の意味を表します。たとえばōdīは完了の形ですが、意味は「私は憎む」となります。

Ōdī et amō. 私は憎み、そして愛する。Catul.85.1

Ōdī: ōdī,ōdisse,ōsum(憎む)の直説法・能動態・完了、1人称単数。辞書の見だしがōdīで、その右横に不定法・能動態・完了の形が記されます。
et: 「そして」。Ōdīとamōをつなぐ。
amō: amō,-āre(愛する)の直説法・能動態・現在、1人称単数。

歴史的完了
直説法・能動態・完了は「~した」と訳せます。英文法で言う「過去」の用法です。

Orgetorix ad iūdicium omnem suam familiam undīque coēgit. オルゲトリクスは法廷に自分のすべての一族を至る所から集めた。(Caes.B.G.1.4)

Orgetorix: Orgetorix,-īgis m.(オルゲトリクス)の単数・主格。
ad: <対格>に
iūdicium=jūdicium: jūdicium,-ī n.(法廷)の単数・対格。
omnem: 第3変化形容詞omnis,-e(すべての)の女性・単数・対格。familiamにかかる。
suam: 3人称の所有形容詞suus,-a,-umの女性・単数・対格。familiamにかかる。
familiam: familia,-ae f.(一族)の単数・対格。
undīque: 至る所から
coēgit: cōgō,-ere(集める)の直説法・能動態・完了、3人称単数。cōgōを辞書で引くと、cōgō,-ere,-ēgī,coactum(集める)と載っています。この情報からcōgōの完了幹はcoēg-とわかります。それに3人称単数の人称語尾(-it)をつけると、coēgitが得られます。

現在完了
直説法・能動態・完了は、「~してしまった」、「~し終えた」といった現在完了の用法も持ちます。「~し終えた」とは「今は~ではない」を含意する場合があります。

Fuimus Trōēs, fuit Īlium et ingens glōria Teucrōrum. 我々はもはやトロイア人ではない。イーリウムとテウクリア人の大いなる栄光も過去のものとなった。Verg.Aen.2.325

Fuimus: 不規則動詞sum,esse(である)の直説法・完了、1人称複数。sumを辞書で引くと、sum,esse,fuīと載っています(スピーヌムはない)。fu-が完了幹です。これに人称語尾をつけていくと、fuī, fuistī, fuit, fuimus, fuistis, fuērunt(fuēre)となります。
Trōēs: Trōs,-ōis m.(トロイア人)の複数・主格。
fuit: 不規則動詞sum,esse(ある)の直説法・完了、3人称単数。
Īlium: Īlium,-ī n.(イーリウム)の単数・主格。イーリウムはトロイアの詩的名称。
et: 「そして」。Īliumとglōriaをつなぐ。
ingens: 第3変化形容詞ingens,-gentis(大きな)の女性・単数・主格。glōriaにかかる。
glōria: glōria,-ae f.(栄光)の単数・主格。
Teucrōrum: Teucrī,-ōrum m.pl.(テウクリア人)の属格。glōriaにかかる。

<逐語訳>
「我々はトロイア人(Trōēs)であった(Fuimus)。イーリウム(Īlium)と(et)テウクリア人の(Teucrōrum)大きな(ingens)栄光が(glōria)あった(fuit)」。

Fuimusとfuitは「歴史的完了」でなく「現在完了」の用法です。「~であった」とは「今は~であることを終えた、今は~ではなくなった」という意味であり、「~があった」とは「今はない」ということを意味します。

Q.fuitが単数なのはなぜですか(主語をĪliumとglōriaととらえるとき、複数が適当ではないか)。
A. いくつかの答え方ができると思います。1つ目の答えは、「イーリウムと栄光」を一つのものととらえているので単数扱いする、というもの、2つ目の答えは、かりに両者を別々にとらえたとし、動詞をfuēre(またはfuērunt)と書くべきところ、「韻律の都合で」(metrī causāと呼びます)fuitとした、というもの。3つ目の答えは、fuitの主語はĪliumだけで、glōriaの動詞fuitは省略されたというもの。以上です。

格言的完了
ラテン語は格言的な内容を直説法・完了で表すことがあります。

Lūdus genuit īram. 冗談は怒りを生む。 

lūdus: lūdus,-ī m.(冗談)の単数・主格。
genuit: gignō,-ere(生む) の直説法・完了・能動態・3人称単数。
īram: īra,-ae f.(怒り)の単数・対格。

Expertus metuit. Hor.Ep.1.18.87 経験者は恐れる。

Expertus: 第1・第2変化形容詞expertus,-a,-um(経験のある)の男性・単数・主格。名詞的に用いられ「経験者は」を意味する。
metuit: metuō,-ere(恐れる)の直説法・能動態・完了、3人称単数。metuōを辞書で引くと、metuō,-ere,metuī,metūtumと載っています。完了幹はmetu-とわかります。これに人称語尾をつけると、metuī, metuistī, metuit, metuimus, metuistis, metuērunt(metuēre)となります。
この表現だけを見た場合、「その経験者は(何かを)恐れた」と訳すことは可能です(「歴史的完了」)。原文の前後関係から、この表現は「格言的完了」であるとみなされます。初心者は経験が浅いので怖いもの知らずで威勢はよいものです。ところが経験者は修羅場をくぐっていますので、石橋を叩いて渡ろうとします。そのことを完結に表現したのが引用文です。

Nihil sine magnō vīta labōre dedit mortālibus. Hor.Sat.1.9.59-60
人生は人間に大きな苦労なしに何も与えない。

Nihil: 不変化名詞nihil n.(無)の単数・対格。deditの目的語。
sine: <奪格>なしに
magnō: 第1・第2変化形容詞magnus,-a,-um(大きな)の男性・単数・奪格。labōreにかかる。
vīta: vīta,-ae f.(人生)の単数・主格。
labōre: labor,-ōris m.(苦労)の単数・奪格。sine magnō…labōreで「大きな(magnō)苦労(labōre)なしに(sine)」。
dedit: 不規則動詞dō,dare(与える)の直説法・能動態・完了、3人称単数。主語はvīta。dōを辞書で引くと、dō,dare,dedī,datumと載っています。完了幹はded-とわかります。人称語尾をつけると、dedī, dedistī, dedit, dedimus, dedistis, dedērunt (dedēre)となります。
mortālibus: mortālis,-is m.(人間)の複数・与格。deditの間接目的語。

<逐語訳>
人生は(vīta)人間に(mortālibus)大きな(magnō)苦労(labōre)なしに(sine)何も(Nihil)与え(dedit)ない。

不定法・能動態・完了

不定法・能動態・完了は、「完了幹+-isse」となります。「~したこと」を意味します。amō(愛する)の不定法・能動態・現在は amāreで「愛すること」を意味しますが、不定法・能動態・完了はamāvisseで「愛したこと」を意味します。同様にmoneōはmonuisse、agōはēgisse、audiōはaudīvisseです。

In magnīs et voluisse sat est. Prop.2.10.6
偉大なことにおいては、志しただけでも十分だ。

In: <奪格>において
magnīs: 第1・第2変化形容詞magnus,-a,-um(偉大な)の中性・複数・奪格。名詞的に用いられ「偉大なこと」を意味する。
et: ~もまた
voluisse: volō,velle(欲する、志す)の不定法・能動態・完了。volōの完了幹はvolu-なので、それに-isseをつけてvoluisseを得る。
sat: 不変化名詞sat(十分)の単数・主格。
est: 不規則動詞sum,esse(である)の直説法・現在、3人称単数。

<逐語訳>
偉大なこと(magnīs)においては(In)志したこと(voluisse)もまた(et)十分(sat)である(est)。

Omnem crēde diem tibi dīluxisse suprēmum. Hor.Ep.1.4.13
すべての日が最後の一日としてあなたに輝き始めたことを信じよ。

Omnem: 第3変化形容詞omnis,-e(すべての)の男性・単数・対格。diemにかかる。
crēde: crēdō,-ere(信じる)の命令法・能動態・現在、2人称単数。「(不定法句の内容を)信じよ」。
diem: diēs,-ēī m.(日)の単数・対格。不定法の意味上の
tibi: 2人称単数の人称代名詞、与格。
dīluxisse: dīlūcescō,-ere(輝き始める)の不定法・能動態・完了。dīlūcescōの完了幹は dīlūx-なのでそれに-isseをつけてdīluxisseを得る。
suprēmum: 第1・第2変化形容詞suprēmus,-a,-um(最後の)男性・単数・対格。diemと性・数・格が一致。述語的に訳す。「最後のものとして」。

<逐語訳>
「すべての(Omnem)日が(diem)最後のものとして(suprēmum)輝き始めたことを(dīlusisse)信じよ(crēde)」。朝日の輝きが最後の一日の始まりだと信じて生きよ、という意味で、Carpe diem.Vīve hodiē.と同じ趣旨の表現です。

直説法・能動態・完了の変化の確認
>>直説法・能動態・完了、過去完了、未来完了

直説法・能動態・完了を含む例文
>>直説法・能動態・完了の例文