人の世の営みに対する涙

2016年6月5日

『アエネイス』第6巻の冒頭で,主人公アエネアスはシビュッラ(巫女)の予言を求めてアポロの神殿に赴きます.詩人はここでいったん物語の進行を中断し,この神殿にまつわる縁起物語を紹介していきます.すなわち,噂によるとダエダルスはミノスの王国を逃れ,クマエに到着するとアポロを祭る巨大な神殿を建造したというのです.続く箇所では,この神殿の扉に刻まれたダエダルスの絵に関して次のような描写が行われます(神話の説明はいずれ場所をあらためて紹介しましょう).

扉にはアンドロゲオスの死が,ついで,あわれ,罰を償うよう命じられたアテナエ人の息子たちの体が描かれる.毎年七人の若者を捧げることが定められていたのだ.籤を引く壷も立っている.もう一方の扉には隆起するクレタの大地が海に答えている.ここには牛への狂おしい愛,人目を忍び契りを交わしたパシパエ,さらには混血の子,道ならぬ愛の記念,すなわち二つの姿をもつミノタウルスが描き込まれる.一方こちらには困難をもたらす館と解くことのできない迷路とが描かれている.しかし王女(=アリアドネ)の激しい愛に同情したダエダルスは,(テセウスの)盲目の足取りを糸を使って案内し,自ら館の欺きの仕掛けと迷路の謎とを解き明かした.汝もまたイカルスよ,父の悲しみが許したならば,これほどの作品の中に大きな部分を占めたことだろう.ダエダルスは二度息子の悲劇を黄金に彫り込もうと試みたが,この父の手は二度とも地に落ちた.

ここに示されるのは、エクプラシスと呼ばれる叙事詩の伝統的技法です。詩句によって、眼前に実際の図匠がありありと浮かぶかのようです。ところが、イカルス(ダエダルスの子)のエピソード(=父のつくった翼を得て有頂天になったイカルスは、太陽に近づき過ぎて落下する)に関しては、当然この作品に描かれるべきなのに描かれていない、と指摘します。詩人は父の悲しみの大きさに思いを馳せるのです。(この点で、第6巻末のマルケッルス(アウグストゥスの甥で夭逝)のエピソードと対応すると考えられます)。

一方、今ふれたエクプラシスの技法は、第1巻の「ユーノーの神殿の絵」においても認められます.主人公は未知の土地(カルタゴ)に漂着したとき ,心中不安と希望が交錯します.しかし,ユーノーを祠る神殿に自らの体験(=トロイア戦争)を主題とする絵を見出したとき,アエネアスは救済の確信を得て、次のような励ましを部下(アカテス)に与えています.

ここには人の世の営みに対する涙がある.人間の行いは心の琴線に触れる.不安を取り去るがよい.ここに描かれる名声は何らかの救済を我々にもたらすだろう.

この言葉は,続く場面におけるカルタゴの女王ディドの最初の言葉と対応することが明らかです.ディドは救済を直訴するイリオネウスに対して次のように答えています.

トロイア人よ,心から恐れを追い払い,不安は取り去るがよい。アエネアスの一族について知らない者がいるだろうか.トロイアとその国民,その武勇の誉れ,またあれほどの戦争の猛火について知らぬ者は一人としていない.

心温かく、異邦人を迎え入れたディドと、トロイアの王子アエネアスは、女神ウェヌスの介入で恋に落ちます。アエネアスは、ローマ建国の使命を忘れて、ディドは、亡き夫への貞節の誓いを忘れたかのように。その後の二人の運命については、またあらためてご紹介しましょう。

アエネーイス
ウェルギリウス Publius Vergilius Maro
4794809557