「多様性は喜ばせる」の文脈紹介

キケローの言葉に Varietas delectat. というのがあります。文脈は次のようなものです。(私の訳ですが、かなり意訳していることがわかります。その点あしからず)。

1-22
それゆえ、バルブスよ、わたしの尋ねたいのは、それほど大きな時の広がりの中で、なぜあなたがたのプロノイアーは惰眠をむさぼっていたのかという点である。それは労苦(0)を厭ったからであろうか。だが労苦は神の属性ではないし、天、火、大地、海といったすべての自然の元素(1)が神の意志に従ったとき、神にいかなる労苦もなかったはずである。そもそも神が造営官(2)よろしく、宇宙を星座や光で飾ろうと欲するとはいったいいかなることか。もし神が居心地のよい場所に住もうと欲してのことであれば、それ以前は果てしなく長い期間にわたり、神はあばら屋に住むごとく暗黒の中で暮らしていたことになるだろう。その後、神はわたしたちが目にするような天と地を彩るさまざまな装いに心を楽しませるようになったと考えるべきなのか。しかし神にはどのような気晴らしが必要だというのか。かりに必要だとしても、神があまりにも長期にわたりその気晴らしをもたずにいたとは考えられない。

(0)ストア派の神々が労苦に満ちているという批判については、一巻五二節参照。
(1)四元素については一巻二九節、一〇三節、二巻二八節、八三節、八四節、三巻三四節、三六節参照。
(2)造営官(aedilis)は公共物の建造と管理を司ったが、加えて公の祝祭行事の開催、運営にもあたり、そのさい公共の建物の飾り付けも行った。